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金属産業新聞から夏冬の年2回掲載を依頼されている原稿です。
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 平成18年 夏

「アジア通貨」
数年前、一万円出すと両替で十一万韓国ウォンくれたが、昨今では八万ウォンしかくれない。一タイバーツは過去数年前二.二円で買えたが最近は三.二円出さないと買えない。アジアの各国通貨は通貨危機前のレート換算よりかなり高くなった。これは各国の経済実力が強くなったと見て差し支えないだろう。日本からの輸出は大変しやすくなった。又、韓国や東南アジア諸国等、素材やパーツを日本から輸入している国は、製造コストが割安になってきたし、設備投資コストが安くなってきた。
   
「インド・インフラ、日本・税金」
経済発展が急ピッチで進むインド。インフラの整備が追いつかない。特に交通手段の整備は目下最大の重要事項である。道路整備の遅滞はまさに自動車の洪水を巻き起こしている。少なくとも自動車産業の発展に加担している弊社もその混乱を引き起こしている張本人の一人である事は間違い無く、内心忸怩たる思いではある。鉄道の線路網は広大なインドアジア大陸を縦横には網羅されているが、旧態依然の車両と設備と運行数の少なさは、とても外国人が乗れるレベルでは無く(仕方なく度々乗っているのではありますが・・・)重大な事故も度々発生している。従ってどうしても長距離の都市間の移動は航空機に頼らざるを得ない。ビジネスに聡いインド人であるから、ここ最近インドの航空会社はまさに雨後の竹の子の様に多数設立されている。当初は国営のエアーインディアの系列会社であるインディアンエアーが唯一国内線で就航していたものが、もう十年位経ったであろうか最新の機材と欧米ファッションスタイルの若いキャビンアテンダントをもって、定刻通りの発着をうたい文句にジェットエアーが新規参入した。その後エアーサハラ、エアーデカン、スパイスジェット、キングフィシャーエアー(インドでもっとも有名なキングフィッシャービールが経営。日本だったらキリンエアーかアサヒエアーといったところか)、更にパラマウントエアーウエイズ、GOエアーと、狭くて綺麗とは言えない飛行場のチェックインカウンターや搭乗口はもう大変な様相だ。機材繰りをかなり無理していると容易に想像つくが、朝方は概ね定刻通りの離発着をするものの、逐次遅れが積み重なって、夕方から夕刻にかけての便は軒並み1時間から2時間の遅れとなって、乗り継ぎの際、特に国際線への乗り継ぎは運動会となってしまうのである。空港内の移動手段は、いつ出るとも判らないシャトルバスだけで、とは言っても外に出てタクシーで移動したとしてもこれまた交通渋滞。はてまた焦ったお客を見て雲助タクシーがここぞと待ち構えており、まさに踏んだりけったりの状況なのである。航空会社の乱立でパイロット不足による欠航もある。つい最近、計画中の新空港ビル建設により、空港従業員が削減される可能性があるとして、数日間のストライキがムンバイとデリーの空港で発生し、一切の清掃がストップしたことから空港内はごみの山となり、トイレもあふれてしまったのである。
確かに日本は酷税である。三代経過すると財産は全部お国に御召し上げだ。税金(特に消費税)と聞くと即座に拒絶反応を示す人は多いが、それは間違っている。やはり見入りがあれば相応(これが大事)のショバ代は払うべきだ。
父親の代、弊社は諏訪に沢山のお客様が居たが、工場があった都下府中市から諏訪までは、中央高速の無いその当時は片道の移動だけで一日かかった。映画オールウェイズの時代だ。
今はどうだ、三時間だろう。早出して、諏訪で仕事をして夕方には帰ってこれる。
新幹線。五分か十分ごとに次々と定刻どおりにプラットホームに入って来て、定刻通りに目的地に到着する。それも航空各社も苦戦するほど信じられない程の高速で。
停電?あるとしたら災害時だ。毎日定期的に停電する事など無い。すべては我々の拠出した税金で整備された貴重なインフラである。我々はこの至便さを日常の生活でも仕事の場でも享受して軽快かつ効率の良い仕事が出来ているのである。インフラの整わない国に足繁く出向いて、さんざんな目にあいつつ仕事をしていると、日本では気づかない、日本で生活する事の幸せを強く感じる。我々は素晴らしくインフラの整った国で活動している。その原資である税金は応分支払うべきだ。 ただし念を押しておくが、それを使う側は決して無駄はしてもらいたくない。公務員は多すぎる。
また、中小企業の相続(特に株式相続)は税制面で酷である。農業並みの優遇が必要である。真剣に跡を継ごうとがんばっている二世経営者には当面飴を与え、しっかり稼がせてガッポリ上前(法人税)をはねれば良いのではないか。まず種籾を撒いて増やさせるのだ。数十倍数百倍に。最初に種籾を食べてしまえばそれっきりだ。
株式以外の現社長父親の個人財産は別に構わない。父親の財産は父親の努力と才覚で蓄積したものだ。その子供に同等の才覚と努力があるかどうかは本人次第だ。自分の財産は自分で稼げば良い。ただし、半ば公器である企業は相続税が元で縮小廃止されるべきではないのではないか。(この項は五月に他界した私の父親に捧げる。厳しくはあったが経営者としての基本を教えてくれた)

「小泉外交」
あまり政治に関する事は記述したくないのだが、弊社の製品の八割が輸出であり、アジアでの海外展開が広範囲に渡っている関係から、小泉首相のアジアでの外交失策は遺憾に思っている。自己のポリシーや主義はあるだろうが、外交の要諦はギブアンドテイクであり、時に不本意な譲歩も必要となる。薩摩の剣法示現流の流儀は「肉を切らせて骨を切る」ということだったそうだ。
そもそも産業界の、この必然的な否応の無い海外展開を政治家はどう心得ているのだろうか? もう少し我々産業界の困難な海外進出に考慮を払ってもらいた。現在自動車や、機械産業が頑張っているからなんとか立ち直りつつある日本だ。尻を捲くられたら一巻の終わりではないのか?


「タイ混乱」
タイの政局が混乱を極めている。タクシン元首相(やむを得ず辞任した)一族の不明朗な金銭取引に都市部の国民が反発した結果である。額が中途半端では無かった。経済発展を引っ張ってきたタクシンの評価は悪くはなかったので、些少の額であればこれほど大事にはならなかったのであろうが、何故そこまでやってしまったのか残念である。発展途上国、あるいはそれを乗り越えたばかりの国の領袖の多くが政治の傍らその実権を利用して私財の蓄積に励むのが残念でならない。そしてタイはいつものパターンであるが、最後はプミポン国王の裁定で全てが決着するのである。国民の絶大な尊敬を得ている国王も在位六十年、全て最後の決着を年老いた国王に依存するタイ国の民主主義はまだ多くの問題を抱えている。

「マレーシア車事情」
ひさしぶりにクアラルンプールに滞在した。今年はMTA展示会のマレーシアの回り年であって、自動車製造についての行政が大分変わって自由化してきているという事を主催者側から聞いたのでためらう事なく出展を決めた。ただ、ゴールデンウィークは全部返上となってしまった。
マハティール首相からアブドラ首相(奥さんの母親は日本人であるので、子供たちは三分の一日本人の血が入っている)に変わり、車の生産については政府はあまりちょっかいを出さず中庸を保つ様になったらしい。それは日本には有利にはたらいていると思うが、韓国車にも言えているだろう。対してマレーシアの自動車メーカーである、プロトン社には向かい風かも知れない。
プロトン社の自動車は、 SAGA, WIRA, ISWARA, PERDANA, WAJA, TIARA, SATRIA, GEN, SAVVYで、WAJAはロータスからの技術を導入した1.6リッターカーでよく売れたが、ライセンス料が高くプロトン社を不調にした原因となった。 TIARAは生産を中止した。部品の仕入ルートが固定し、高い買い物をしているという噂がある。また樹脂部品には品質に問題があるという事も聞いた。
プロトンともっとも競合しているのが、
PERODUA社。 KANCIL, KEMBARA, MYVIなど、ダイハツの技術による小型車で人気急上昇中の様だ。
韓国起亜自動車の技術を導入しているNAZA KIA社。 SORENTO, CAREN, CARNIVAL, SPECTRA, SPORTAGE等を製造している。
他、クアラルンプール市内を走る車は、
ホンダ。当初KAH(カーモーターズ)社をディーラーにする予定であったが、政府の方針変換により、独自に販売可能となったので、現在独自で販売している。
現代自動車。ホンダが蹴ったあと、KAHをディーラーにして拡販中。
その他、トヨタ、日産、マツダ、三菱自動車、シトロエン、フィアット、フォード、GM,ベンツなど。
一時ほとんど姿を消したかに見えた韓国車が勢いを伸ばしている様に見えた。
クアラルンプール市内は依然建設ラッシュであり、シンガポールに追いつけ追い越せの感がある。市の中心部はシンガポールのオーチャードロードを非常に意識して整備している。しかし、タクシーは観光客相手や、ラッシュ時になるとメーター乗車を拒否して言い値となったり、バイクの引ったくりなど個人的には治安上の問題は解決されていない様な気がした。

「ベトナム・日本車」
最近ベトナム、ホーチミン市の日本車がめっきり増えた感じがする。十数年前、初めてハノイに行った際は、市内のタクシーは数十台のカローラだけだった。その後、数年を経ずして、ベトナムのタクシーはあっという間に殆んど韓国車になってしまった。そんな状態が長い間続いたものだが、なにか最近日本車の台頭が感じられる。何でも購入2〜3年後の故障率の低さが好評だからだそうだ。


「文字」
再三述べているが、韓国が漢字を捨ててしまった事を非常に残念に思っている。韓国語が漢字表記であればもっともっと簡単に韓国語がマスターできるはずだ。学習の効率や、自国文化尊重でその様になったのであろうが、日・中・漢と欧米以外の大きな経済圏が形成されつつある現在、ハングル文字だけの韓国はハンデがある気がする。
仮名と漢字を上手くミックスしている日本の言語システムには個人的に絶妙なバランスを感じる。何でも取り入れてそれを自己流に崩していった日本の典型的パターンの一つである。仮名だけでは本の斜め読みは出来ない。表意文字の漢字があるから可能なのである。
アメリカやイギリスの語学学習学校では、講義内容をノートに効率よく速記する手法を学習する講座がある。例えば英語の場合、「川」はRiverと五文字書かないと実態が掴めない。
「山」はMountainと七文字も書かなければならない。短縮・速記のテクニックが必要である。一つの単語に五つも七つも文字を書いていたら、講義のメモも出来ないのである。
漢字ではどうだ。川は線を三つサッサッサと書けば良い。山も一文字。何と簡単な事か。速記術は必要ない。かくも表意文字の漢字は効率的に見事な特性を持っている。
小学校時代、漢字の学習では大変な目にあったものだが、今思うと理解判断が瞬間に可能な漢字をマスターしている事のメリットに大きく感謝している。
インドネシア・マレーシアは現在アルファベットを使用している。昔は近隣諸国と同じミミズの文字であった。恐らくオランダ統治の時から強制的に変えられてしまったのであろう。ベトナムはベトナム人がそもそも中国雲南省あたりから移動して来たものであるから、元来漢字文明である。ここもフランス統治の頃アルファベットになってしまった。実に残念だ。ベトナム語が漢字表記であったら、もっと簡単にベトナム語が学習できるはずだ。
インド・パキスタン・バングラディシュ・スリランカは長い英国統治の末も自国の文字は失っていない。英語が共通語であるが、自国言語は自国の伝統的文字と共に残っている。
ミャンマーもそうである。タイはそもそも植民地支配から上手に逃げたので別格である。
戦後、進駐軍は日本語をローマ字表記させようと画策もしたらしいが、とんでもない事だった。当然といえば当然であるが、変えられなかった。しかし、今この原稿はパソコンで作成しているのだが、打ち込みはブラインドタッチのローマ字で打ち込んでいる。これは非常に早く打ち込める。コンピューター時代になって、日本人は自国言語に、漢字・仮名とさらにローマ字というアルファベットまで絶妙にミックスしてしまったと見て良いのではないか。二十世紀後半から、日本はアルファベットもパソコンを効率良く使用する過程で、自国言語に上手く溶け込ませてしまった。


「機械・赤ちゃん・愁訴」
機械と赤ちゃんは同じだ。不調で突然止まる前に何かしら愁訴する。異音(泣き止まない)、発熱(赤ちゃんも同じ)、異臭(不快な臭いのゲップとかガス)、異常な振動(震え)、油漏れ・空気漏れ・水漏れ(突然の失禁おもらし)、パワーダウン(元気がなくなる)等等。弊社では、若手工場作業者に、使う機械は自分の赤ちゃんと思えと指導している。使っている機械は突然故障で止まってしまうと生産工程に大きな支障を及ぼす場合が多い。あらかじめ不調(愁訴)を知って事前に対処したい。日本人であるから出来るのかもしれないが、これは職人としての大事な素養である。他の国では難しいかもしれない。

「計算尺・カメラ・VTR・ファックス」
計算尺なる物が何であるかわかる人も少なくなったはずだ。写真フィルムもいずれその様になりそうだ。フィルムカメラも一部プロ向け業務用やマニア用以外は消滅するのであろう。会社にあった在庫フィルムは数年前使用期限が切れたので捨てた。以来フィルムは買っていない。私の一眼レフカメラも処分しようか迷っている。ただ大きいだけの、時代の遺物となってしまった。
マレーシアで盛況に仕事をしていた懇意な会社が工場をたたんだ。主な製造品はVTRのアルミ製ドラムである。さもあろう。VTRデッキはすでに過去の遺物になりつつあり、DVDデッキがその後をとっている。いずれファックスも同様となるだろう。パソコンによるメールが後をとりつつある。あらゆる文書図面はスキャニングして鮮明に相手先に送れるし、相手先はプリントするかしないかは自由に決定できる。カラー写真も送れるし、修正可能なデーターで文章も送れる。料理が出来る。
時代は変化し、技術は常に前進する。そのままに居れば、いずれ自分も過去の遺物となってしまう。

「アメリカ、味・健康」
今春、シンシナチで開催されたフォージフェアに出展した。(写真)三年ごとに毎回シンシナチで開催される、鍛造(主に熱間鍛造)専門展で、展示会と技術発表が同時開催される。技術発表の時間は展示会場は閉鎖され、参加者は技術発表の聴講を余儀される。朝食・昼食・夕食が参加費に含まれ、カフェテリアが展示会場の奥にあるので、その間展示会場が開かれ、食事と一緒に商談が出来る様になっている。しかし、何度行ってもアメリカの食事には味わいが無い。味が大雑把でそっけなく量ばかりが多い。和食が洗練しすぎているのだろうか?基本的にアメリカ食にはヨーグルト等乳製品を除き、醗酵食品は無かったのでは無いだろうか? 醗酵食品の豊富なアジアの食材は一面健康食品の宝庫でもある。アメリカの沢山の超肥満体は食事から来ているのは間違いない。
ところで、インドのベジタリアン(菜食主義者)も肥満が多い。仲の良い仕事仲間のインド人はベジで肥満。ミスター榎本はいつもスリムだとお褒めにあずかりますが、その度に、冗談交じりに、シーフード主体の和食に宗旨替えしなさいと勧めている。勿論彼にとっては人の悪い冗談でしかないのは十分承知で言っているのだが。

「オールウェイズ・三丁目の夕日」
日本アカデミー賞各部門を軒並みさらった映画。東京タワー建造中の頃の東京が舞台だ。
東京タワーが見える三丁目の夕日は昔も今も未来もずうっと同じく綺麗だというのが題名の由来だ。電気洗濯機・電気冷蔵庫・テレビ・力道山のプロレスリング中継・コカコーラ・ダイハツミゼット等映画のその場その場の情景はまさに私の子供時代の記憶にあてはまる。映画の中の自動車修理会社(とは言っても街中の住居兼工場)の鈴木オートの長男一平ちゃんはまさに私だ。私の父親は町の鉄工所を経営していたので多少の金銭的余裕はあったのだろう、GE製のテレビでプロレス中継も見た。近所のおばさんもその時間になると見に来たものだ。たぶん住まいのあった府中には米軍の空軍極東司令部があったから、基地の軍関係から中古テレビを買ったのだろう。百ボルトから二百ボルトに昇圧するトランスが別に置いてあったのを覚えている。東芝の電気冷蔵庫が来た時も良く覚えている。映画で演じる薬師丸ひろ子の様に冷蔵庫の中に顔をつっこんでその冷気に感激したものだ。冷蔵庫は氷を入れて冷やす装置だった物が、逆に氷を作る物になるという、まさに立場が逆転した瞬間でもあった。一平ちゃんが言う「やーなかんじ」というフレーズはなにか漫談かなにかのヒットだったと思うが、私も良く使っては今は亡き母親に叱られた記憶がある。昼寝をしないと遊びに行かせないとしかられたのも同じだ。冷房等無い当時の日本の高温多湿の夏は子供にとっても大人にとっても過酷な季節だった。夏になると夏バテ防止に毎年パンビタンという武田製薬のビタミン剤を飲ませてくれたものだ。甘くておいしかったので、母親の居ない隙に一瓶全部飲んでしまって大騒動になった記憶がある。弟は寝汗のあせもで体中ぶつぶつになった。高度成長真っ只中であった今は遠い日本の昔。日本映画としては出来は上々で、懐かしく感激します。

「冷静と情熱のあいだ」
これも映画。辻仁成、江國香織が共同で書いた小説を映画化したもの。かつてつらい別れをした主役順正とその恋人あおいのフィレンツェでの再会を複雑な恋心を美しいイタリアの風景の中で描いた作品である。監督、中江功、主演竹野内豊、ケリー・チャン。ミラノ駅での二人の再会の最後のクローズィングの場面が普通の日本映画と比べ非常に上手い出来栄えだ。

「チームワーク・チームメート」
社会生活を営むためにはどうしてもチームワークを考慮しなければならない。もちろん山の中や孤島で外界と接触せずに一人で自給自足の生活が出来ないわけではないが、それは社会生活とは言わない。一般社会で生活するにはどうしても最小限、他人との接触における団体行動を要求される。
アーチェリー・弓道・ハンマー投げ・棒高飛び・三段跳び・スキーのジャンプ等は孤独のスポーツだろう。
マラソンや陸上競技・水泳・フィギアスケート等もその類いなのではあろうが、他の選手との駆け引きと自己の心理状況が成績を左右する要因になるらしい。マラソンでの他の選手との駆け引きは大きな勝因になるとか。柔道・レスリングなどの格闘技や、テニス・卓球等はまさに相手との勝負だ。一対一である。サッカー・ラグビー・アイスホッケー・バレーボール・バスケットボール・野球・シンクロナイズドスイミング等は団体対団体の競技であり、技量が互角であればチームワークの良し悪しが勝敗を決する大きな要因であるだろう。特に一つの球を両サイドに陣取った敵対敵が、広いコートの中で縦横に走り回り相手のゴールにシュートする、サッカーやラグビーのチームワークは勝敗の決定的要因の一つだ。会社もまさにそれと同じ。監督の的確な指示と中長期における作戦計画・訓練計画。それを実際に指導するコーチ陣。戦いの中、フィールドの上でチームを引っ張るベテランあるいは中堅選手。恐れを知らず力いっぱい突進する若手選手(時には大きな失敗もするが!)それぞれが持つ才能と日々たゆまない訓練、それら選手達を縦糸にするか横糸にするかのコーチの指導と監督の決断。報告・連絡・相談・段取り・打ち合わせ・話し合い、全メンバーの極めて風通しの良い意思の疎通が必要不可欠である。
最近気にしているのは、新入社員があまりしゃべらない事だ。自己主張が乏しい。質問に対しても、あった事実・自己の考え・自己の趣味思考を元にきちんと返事をしない。遠慮があるのか、人対人とのかかわりに大きな問題がある。
機械据付等、海外出張で若い工場の連中を連れて行くのだが、ホテルのチェックアウトの段階で、昨晩エアコンの冷房が効かず寝れなかったとか、風呂のシャワーがなく、蛇口で頭を洗ったとか(実は蛇口からシャワーへ切り変えるやり方がわからなかっただけなのだ!)、冷蔵庫がなかったとか(設置場所を良く見つけなかっただけ)とか、、、何故その時すぐ言わないのだろうかと首をひねる。
もちろんチームワークには大きな支障だ。学校という大きな団体の中で十分な訓練をしてきていない気がする。
若い連中だけに何かをやらせてみると、もっと顕著だ。まずまとめ役の親分肌の人間が出てこない。だから話し合いや打ち合わせ・段取りができない。皆で、てんでんばらばらに一つの課題をはじめるから収拾がつかない。もちろん危険である。声を掛け合いながら作業しなければ事故の発生が極端に高くなる。現在の教育内容に大きな問題があるはずだ。
ただ、ダメだダメだと思いつつ嘆きつつも、いつしか先達は先にこの世を去り、必然的にダメだろうが良かろうが、次世代に後途を託す以外に選択肢はないのである。さもなければ自己の代で・自己の裁量で終止符を打つかだ。会社はいいが、国はそうは行かない。会社は国を支えるベースでもある。嘆きつつも地道な毎日の努力を積み重ねるしか無いだろう。叩けよ、さらば開かれん。さもなければ愚公山を移す、か?若い連中に期待するしかない。
今年後半も依然日本経済は回復を続けるでありましょう。貴社のご検討をお祈りします。

 平成18年 正月

「亀の時代?」
ドッグイヤーと言う言葉が流行した時がある。大方の産業では今もそれはそれなりに正しいだろう。進歩変革は日を追って早くなり、昔十年かかっていたものが最近では半分の五年や、早い場合は一年で終わってしまう。日進月歩は人間の寿命の速さではなく、その七分の一の犬の年をとるレベルで早く変わってしまうというわけだ。尻にいつも火がついて、年中借金取りに追いかけられている様な感じでドッグイヤーの世界に身を置くと誠に居心地が悪いのである。
さて、私の会社は悔しいかな、しがない町場の中小企業であるが故に、出来の悪い子弟にも入社してもらい(正直言うとその様な子しか来ない)、教育をやり直しながらいっぱしの職人に育て上げる努力をしている。昨今の様に国内向けより輸出が増加してくると、英語力も必要となり、英語教育も社内でする必要にせまられて、英会話教室も無償で提供している。いずれにしても、秀才揃いというわけには行かないので効果は遅々として進まない。しかしここは学校では無く、給料を稼ぐ為の手段の場であるという大きな違いがある。換言すればプロの世界だ。こちらも必死であるし、幸い出来の悪い子達も必死で努力する様が伝わってくるのが嬉しい。ウサギと亀の競争では亀が勝った。私は彼等に常々亀で良いと言っている。決して急ぐ必要は無い。人生は長い。亀のたゆまない毎日毎日の一歩一歩の努力が必要だ。亀はいつかウサギを追い越し競争に勝利を収める。だから亀でいいじゃないか。
指で金属材料の表面をなで、削った部分の段差が何ミクロン位あるかだとか、表面粗さがどの程度かとか、これだけ急激な切削をすると熱により材料の直径が何ミクロン大きくなるはずだから、この寸法で仕上げておけば冷えれば目指す寸法に収まるとか、この角部の指触りの仕上げではパッキンの寿命に影響するだとか、、、今日本で最も必要とされつつある職人の技・勘は、ウサギの速さでは習得できない。十年やそこらは簡単にかかるまさに亀の速さの領域だ。
書かれたマニュアルでやる仕事は誰にでも出来る様にと仕組まれた方法であるから、発展途上国にいずれ流れて行くのは自明の理である。これからの日本の行くべき道(それしか生き残れる道がない)はまさにマニュアルに書く事のできない職人芸の領域の仕事だ。これは時間がかかる。亀の速度の世界だ。だから私は出来のあまり良くない若い子達に亀になれと言っている。これからの日本は、こと加工技術の面では亀の速さの時代で良いのではないかと思っている。

「詐欺師」
 常々、日本の英語教師(特に中学・高校・大学の一般教養の)は詐欺師かペテン師ではないかと思っている。親が子を学校に通わせるのは教育を受けてもらい、学力をつけてもらうのが第一目的であり、だから学費も払って学校側と契約をするのである。大方の両親の子供への英語教育の希望は、「多少なりとも喋れる様になって欲しい」である。数学とか、物理とか、化学等の勉強の希望と比べると誠に簡単明瞭で、押しなべて均一である。
しかしながら、英語が多少片言ながらも喋れて学校を卒業する子供はごくごく少数であるのは大方の人が認めるところである。言語、特に外国語を学習する大きな目的は、まず第一に他人(外国人)とのコミュニケーションが出来るための手段の習得であって、今の英語教育は結果からしてその目的に合致していない。相変わらず大学の入学試験問題では、不必要としか言えない難解な問題を出している。それが判らないと大学合格が出来ないので受験勉強は勢い日常社会では不要なへんてこな英語ばかり暗記させられる羽目になる。
高等学校の英語教育はこの余波をくらい、これまた難解な英語ばかり教えている。中学のスタートから学習に出遅れた出来の悪い子達は中学・高校の6年間さっぱり判らない英語の時間を無為に過ごす事になる。普通の子も途中で難解な学習にだんだんついて行けなくなり、同じ道をたどる。結局大方の生徒は英語が全然喋れない状態で、英語が大嫌いになって卒業する事になる。
更に悪い事に、この過程において、学生達の自信喪失という悲劇的な結末さえもたらしている。おれは、何をやっても駄目なんだという自信喪失である。英語に限らず、現在の多くの中学・高校は教育の付与の場では無く、自信喪失付与の場となってしまっている。やれば出来るという自信を与えていない。教師ももう投げやりだ。
弊社は中小企業であるが故に落ちこぼれ卒業生も多数採用している実績があるが、仕事でも英語学習でも簡単な基礎からじっくり時間をかけてやらせると実に目が生き生きとしてくるのだ。自分にも出来るという自信がつくからである。
我々商売の世界では、顧客満足度という言葉があるが、学校の英語教育は百%不満足。これは通常、詐欺とかペテンとか言うのではないか。

「武器輸出」
日本には武器輸出三原則という立派?な法律がある。つまり、一、共産国向けには武器の輸出を認めない。二、国連決議で武器の輸出が禁じられている国には武器を輸出しない。
三、国際紛争の当事国又はその恐れのある国には武器を輸出しない。というもので、武器の輸出についてはそれによって国際紛争を助長する事を回避するため、さらにつぎの方針によりその輸出を促進しないとし、一、三原則対象地域には武器の輸出を認めない。二、三原則対象地域外の国に対しても憲法の精神にのっとり武器の輸出を自粛する。三、武器製造関連設備の輸出については、武器に準じて取り扱うものとする。これらの六点が我が日本国の武器輸出政策の統一見解となっているのである。
弊社の何の変哲も特殊性のないプレスでも、外国の客先が鉄砲やジェット戦闘機のエンジンの部品を作るのにでも使用するのであれば輸出は禁止である。大方の欧米諸国にはこの様な縛りは全然無いので、商売のチャンスを失し、割りに合わないとも感じるが、アフリカやアジア中近東諸国に埋められた地雷で、いたいけな子供達が死亡負傷している事実、民族対民族の大量の殺戮等の報道を見るにつけ、ここで使用されている武器は大方が先進諸国から輸入された物であるのであり、やはり武器に関わる製品輸出には関わらない方が良いと感じているのではあるが、武器輸出の主要国が国連安保理の常任理事国のメンバーである事には不条理を感じるのである。

「アメリカの横暴?」
アメリカでコピーをとると、A4サイズが変形であるのに気付く。天地が少し短く、左右が少し大きい。横文字の場合、一行の語数が多く、行数はその代わり少ない方が一枚の紙に文章が多く入れられるからであろう。合理的ではある。だけど通常のA4用紙とファイルを一緒にすると、アメリカ判だけ横に出っ張ってしまって見だしが付けづらい。
アメリカのファイルの穴は三穴である。真ん中に一箇所と天地に各一箇所である。バランスが非常に良いのは認める。ただ日本を含め、他国のパンチャー(穴開け器)は二穴のピッチが違うので使えない。ヨーロッパは四穴が多いが、各穴のピッチは日本の二穴ピッチと同じであるので、殆どの国の穴あけ器で上下二回穴をあければ済む。アメリカ以外の国のA4サイズは概ね同じ寸法である。
ISO(国際標準化機構)の推進にも関わらず、アメリカでは依然ポンド・ヤードとフィート・マイルであって、一向にメートル式にする気配も無い。いや、絶対に変えないだろう。イギリスもそうだ。どうだろうか、これを理屈をつけたごり押しと見るべきだろうか? 協調性の無さと見るべきだろうか?あるいは横暴と見るべきだろうか? アラビア諸国からの見方はかなり厳しいだろう。

「好感パキスタン」
初めての訪問地パキスタンの印象は非常に良いの一言に尽きる。
昨年の十一月にパキスタンの元首都であるカラチで開催された、マシンツールパキスタンという機械展示会に出展した(写真)。

以前誰かから、海外商圏開拓地の選択理由を聞かれた事があったが、先ず最初に返答したのが人口である。主に自動車部品生産用機械装置産業である我が社は、まずある程度の人口があるところでないと商売は成り立たない。工業規模が将来ある程度見込めなければならない。
パキスタンの人口は日本よりやや多い一億五千万人、国土面積は日本の約二倍。一人あたりのGDP七百三十六ドル、実質経済成長率8・4%、主要産業は、農業と綿工業である。
現在日系企業数は三十社あまり、在留邦人数も千人を下回り、経済交流はいまのところ統計上は、そう活発では無さそうであるが、国内を走る自動車の八割以上が日本車という現実に、到着後先ず驚かされるのである。正式国名が、パキスタン回教共和国と示すがごとく、国教としておかれているイスラム教はかなり厳格であり、例えば一般に酒の販売もされていないし、公共の場での飲酒は許されていない。日本人としてはすこしとっつきづらいだろう。
パキスタン政府による経済改革と国際支援が功を奏して最近はパキスタンの経済事情は大幅に改善されつつあるが、先の北部の大地震がこの国の経済の屋台骨を文字通り揺るがしている事は記憶に新しい。弊社として(というか個人的な直感で)はやはり将来のマーケットとしては興味のある国であり、展示会出展の決断をしたわけである。

私が小学生の時、社会の勉強の時間には、パキスタンは東パキスタンと西パキスタンに分かれていて、イギリスの植民地支配から独立したインド、セイロン(当時のスリランカの国名)パキスタンは、宗教上致し方なくその様に分離したわけであるが(もちろんインド北方カシミール地方の現在の紛争の種はこの頃から尾をひいているのである)、東がその後にバングラディシュとなって更に分離し現在に至っており、そんな話を今の若い社員に話すと、へー、パキスタンがインドを挟んで左右に二箇所もあったんですか?と目をまん丸にするのであるが、私も結構年をとってしまっているのかもしれない。
インドの紙幣にはガンジーが印刷されているが、ここパキスタンでは、イギリスの植民地から独立を獲得したモハンマド、アリ、ジナーが印刷されている。各所でこの人の肖像がが掲げられているので、国民の高い尊敬がはらわれているのであろう。
酒を飲まない代わりに喫煙者が多い。これはインドと反対だ。道路事情はかなり良い。人口が少ない分繁華街での人ごみは少なく、インドではどこでも圧倒される雑然さが無いのが助かる。新市街は結構モダンである。金持ちのスケールもインドと比較するとすこしサイズダウンするのであろうか、私などのレベルを招待してくれる連中が居るのである。それでも当方からすると圧倒的高貴な豪邸である。ライフルを持ったガードマンが常時警備し、そこらへんの高級ホテル並みのプール、食卓がいくつも並ぶレセプションルーム、さらに自宅のバールームには、ビールもウィスキーもフランスのワインもずらりとそろっており、何が禁酒の国だと喜んだ次第。ただ、我々が日本で購入する価格の二倍もかけてブラックマーケットで調達しているとの事。もちろんそれなりに持っているブツもあるので、それをさらに増やす為の投資意欲は旺盛である。この国の近代化の大きな原動力になっているのは間違いない。弊社もお役に立ちたい。ギブアンドテイク、共存共栄である。

展示会は日本勢としては弊社だけだった。産業大臣の小間訪問も受け、励ましを受けた(写真)。それにしても不本意ながら来訪者のほぼ全員が台湾企業か?と聞くのである。確かに台湾メーカーの展示は多かったが、現状では割安な台湾製機械装置の受けの方が良さそうと感じた。
工場も数社訪問したが、まだまだこれからである。博物館に入れたくなる様な機械も何台か見た。まだ当分ボランティアかな?と感じた次第である。数年後に期待をかけよう。おそらく又足しげく通う事になりそうだ。

「コルカタ・アンバサダー」
最近、ニューデリーではインド国産車アンバサダーを見かける事がめっきり少なくなった。
行く度に日本・韓国・ヨーロッパ・アメリカ車の数量が増加している。アンバサダーは三十年以上前からほぼデザインが変わる事なく、現在でも製造が続行しているインドの国産車である。ただ、このアンバサダーを生産しているヒンドスタンモーターズの工場があるコルカタ(カルカッタから名称を変更)市内に入ると車は圧倒的多数のアンバサダーである。タクシーは殆どが黄色く塗ったアンバサダーである。タクシー以外の一般車は暑いがためか、白が多い。いずれにしても時代を間違えてしまったかの様な光景である。長い社会主義体制で、売り手一方でモデルチェンジの必要性の無かったアンバサダーも、ここ数年の海外からのモダンな車の洪水に劣勢を余儀なくされている。製造工場訪問をしたが、生産設備も古いし、工場も古い。また組合活動がかなり激しく見え、これも近代化には問題だろうと見た。工場訪問の帰路どしゃぶりの大雨になって排水の悪い道路はたちまちの内に、所々ひざまで浸かる冠水になった。二輪車や車高の低い外国産の車はたちまちの内にエンストである。ところがばねが強く車高の高いアンバサダーはここぞ面目躍如。やはりまだインドの国民車だと納得が出来た次第。

「ベトナム注目株」
弊社のベトナムとの関わりは早十数年となった。ここ数年泣かず飛ばずであったベトナムの景気が最近急上昇している。一つは中国への一方集中からのシフトである。これが最も大きいだろう。もう一つはベトナム自体の発展結果であろう。人口はインドシナ半島では一番多く、民族的には、実際は中国人の係累である。商売熱心、学習熱心、勤勉、手先が器用ときているから時期がくれば大きく発展しないはずが無い。現在道路などのインフラ整備の真っ最中で雲霞のごとき二輪車の大群とその間に挟まって動く自動車の交通渋滞はそれぞれの相乗効果でひどいの一言であるが、一段落して落ち着きさえすれば経済損失も少なくなり、発展に拍車をかける事であろう。鍛造も一般工具の精度のいらない鍛造品から二輪車部品に変わってきた。真鍮鍛造品の需要も上がってきている。全ては可処分所得の増大がもたらす結果だが、かなり良いパターンの経済サイクルが動き始めているのは事実の様だ。

「景気絶好調?」
昨年秋、弊社としては始めてドイツ・ハノーバーで開催されたヨーロッパ最大の機械見本市「EMOショー」に出展した。最近イギリスや、フランス、東欧のチェコなどに輸出実績が出来、ヨーロッパ市場もまんざらではなさそうだと感じた事と、いずれ近々東ヨーロッパでの市場ニーズが上昇するはずだという事、更にその先にロシアが控えているという期待からの市場調査も含めて出展を決意した。
EMOショーは二年に一回、ドイツ・ハノーバーとイタリア・ミラノの持ち回りで開催される(フランス・パリも加わっていたが、前回を最後に辞退)。アメリカのシカゴショー、日本のJIMTOFと並ぶ世界の三大機械見本市である。会期は非常に長く八日間(それでも過去の十二日間からかなり短くなった)、最先端の機械技術の発表の場であるので、世界各国から関連企業・バイヤーが参集する。今回の特徴であるが、工作機械、特にCNC切削機械の複合化である。外周切削・面切削・小穴あけ・タップ加工など全部を一台の一回のチャッキングで済ませてしまうという、過去多数の機械でやっていた仕事の一台での集約化である。これは、まず多数あった工場の設備を集約化し(数台あった機械が一台にまとまり)、数台に必要であった場所や段取り、作業者を削減出来るという大きな効果があるので、既存設備からの更新が大きく期待できるはずだ。この機械を発表している最先鋒が日本の工作機械メーカーである事は言うまでもない。翻って見れば、失われた十年と揶揄された期間に培った絶え間ない技術革新の大きな果実でもある。現在日本の工作機械メーカーは旺盛な自動車産業の活況の後押しもあって、過去最高の記録を続伸している。
他方、弊社の関わるプレス機械であるが、ヨーロッパメーカーの不振が気にかかる。出展面積は、過去から比べ半分近くになってしまった。出展しない会社、出展しても面積を減らした会社、企業買収により二から数社が一社になってしまった会社、EMOの総合機械見本市から、板金加工展等の専門見本市に出展を変えた等がその理由と見れた。プレス機械は工作機械と違って設備更新に関わる極端に大きなメリットが少なく、ヨーロッパの自動車産業の不振とも相まってこの様な結果になったと推測した。
反面、旺盛な自動車産業の牽引により日本のプレス機械は絶好調だ。この十年に培ったサーボ駆動プレスの開発も功を奏している。サーボプレスは、現状日本の独断場である。会社によっては納期二年と、展示会に持ってくる機械も無い様な状況であるらしい。日本の機械産業は絶好況!ひたすら希望を失わない地道な努力の結果と見ている。
新しい平成十八年が始まった。十八という地は漢字で書くと末広がりで誠に良い字体である。今年も貴社の御検討をお祈り申しあげます。

 平成17年 夏

「李下に冠を正さず」
平成17年4月、騒乱!の最中の北京で10日間滞在していた。中国国際工作機械見本市出展の為の出張である。仲良くする努力をしながら商売も相応にさせてもらっているのだが、誠に暗い気持ちだった。騒動を引き起こした言い分の真っ先に首相の靖国神社参拝がある。日本は先の大戦で中国や韓国に侵略行為をし「大変なご迷惑をかけた」として歴代の首相が公式に何度も詫びを表明している。右を向いてこの様に詫びながら、左を向いてはその戦争を導いた人が合祀されている神社に参拝しているのではやはりどうしても、謝罪された側としてはいったいどっちが本音なんだと言われても仕方あるまい。
死んでしまえば誰も平等となり、過去の贖罪も償われるというのであれば、小泉首相も今戦争を起こしても死んでしまえば罪を課せられない事になる。それは数世紀も経てば評価も変わろうが、つい最近おこした戦争で生き証人がまだ多数生存している。言い訳に無理がないだろうか?
存亡に立つ日本経済と日本の存続に、まさに文字通り命をかけて多くの企業人が海外で活躍している。はっきり言って諸外国の誤解を招く日本の政治家の首尾一貫しない中途半端な言動は民間企業人としては、はた迷惑なのである。
戦後六十年を経て、東京大空襲を筆頭に先の大戦での民間の被災追悼が最近盛んに実施されているが、なぜ日本が戦争を起こしてしまったのか、なぜ日本の多くの都市が空襲を受けたのか、なぜ原爆が落とされたのか、できればテレビの報道機関がもっと徹底的にこの部分の歴史教育、特に戦争の起承転結の報道をしてもらいたい。
パレスチナとイスラエルの紛争を見てもわかる通り、あそこまで問題がこじれてしまうと最早解決の糸口さえ見出せず、殺戮の応酬は悲惨としか言いようが無い。あそこまで行かない内に相互多少の譲歩をして共存の道を見出すべきである。東アジア諸国は幸いにも同じ仏教が主体であり、宗教上のいがみ合いが無い。他の国家間・民族間の宗教上の紛争を見ればわかる通り、宗教の違いからの紛争は到底解決困難である事が良くわかる。我々はその面からすると誠に幸運である事を強く理解すべきだ。解決の糸口は見出す事が出来ると切に期待したいし、政治家の努力を望みたい。
いずれにしても靖国参拝には諸外国からの誤解が生じる。李下に冠を正さず、紛らわしい事は、不本意であってもしない方が良い。

「駆け引き」
ついでに先の中国の騒動だが、一部の政治家があんな所(中国は)ほおっておけ、と言っているのは問題だ。我々民間企業は生き残りをかけ、自己・会社・国の為に大きな犠牲をも省みずに外へ出て行って何とか生き残ろうとがんばっているのだ。近隣であるが故に摩擦が多いのは百も承知で、でもなんとか折り合いをつけ時に危険も省みずにお互いの利益共存の為に努力しているのだ。現在も将来も中国抜きにして外交も経済も一切が成り立つはずが無い。政治家はそこの事情を良く理解してサポートしなければならない存在だろうが、当初から投げやりで突き放した放言をするのは問題であろう。時にくやしくても何とか中庸線を見つけ渋々でもソフトランディングをさせるのが政治家だ。
外交は駆引きだ、押す一方では解決はできない、部分部分で引く事も必要だ。我々日本には尖閣諸島だとかガス田だとかもっと外交交渉に重要な課題がある。押す事も必要ではあるが、時として悔しいかも知れないが容認出来る範囲で引く事も国際社会での駆引きでは必要だ。靖国問題は、過去問題にされなかったが突然問題にしてきたと言う人も多いが、いいじゃないか、誤解を生む行為はやめようじゃないか。ここは引いておくべきだ。ここで引けばあとでどんどん難癖をつけてくるからここで押しとどめるべきだとの意見は、なんでもかんでもごっちゃにしているだけで視点がずれている。白と黒ときちんと区分けして中身を吟味して選択し対応すべきだ。

「ユートピア」

今春名古屋で開催された国際鍛造会議(写真)にホスト役として参加した。三年毎に世界主要国の鍛造協会が持ち回りで開催し、二日間の最新鍛造技術の発表会、そして海外からのゲストに対して提供される二日間の工場見学が組み込まれ、登録から工場見学の終了まで丸七日の長いスケジュールで開催された。今回参加者は海外から最多の中国と次いで多かったインドを含め六百七十余名を超えた盛大な会議となった。春四月、まさに時を合わせてくれたかの様に桜が満開となり、会場ウェスティンキャッスルホテルのまん前の名古屋城も見事な花化粧となり海外からの参加者を迎えてくれた。登録翌日の歓迎パーティーまでの一日は時同じく開催されていた名古屋万博の見学となった。パビリオン見学の招待券がトヨタ自動車から提供され、特に海外からの参加者からはロボットのダンスに絶賛の言葉を多数聴いたのである。
まさにこの万博はこれからの日本がどの方向へ進むべきか、どの方向に進もうとしているかの示唆に富んだ国際展覧会でもある。地球環境維持はその大きな主題である。
現在日本の最も深刻な問題と課題は、人口の減少とその対策である。確実に人口は半減し、高齢化社会になる事が判明している。ならば日本は産業革命が一段落し主要工業がアメリカに移動してしまい産業の空洞化をもたらしたイギリス等ヨーロッパ諸国の様になるのであろうか? 民間産業技術が日本等に流出してしまったアメリカの様になるのであろうか?日本の工業技術は中国等へ移動して、いずれ日本もヨーロッパ諸国の様になるのであろうか?日本は、か様な過去の技術移転パターンを踏襲するのであろうか? そんな事は絶対無い。今回の万博はそれがはっきりノーである事を示している。この失われた十年と揶揄された期間における、したたかな先端技術研究の成果がある意味でここに結集している。人口が半減し老人が増加する現実の中では人型ロボットの助けが日常生活で絶対に必要になる。それは介護と安全保護という実際上の必要性のみならず、パートナーとしての心の安らぎを得る事も考慮されているから(ロボット犬のアイボ君で証明されている)非常に高度な技術が必要となる。日本の最先端技術はそれをクリア出来る力がある。ロボットを商用化するには、高容量の電気バッテリーであるとか、しなやかな靭性に富んだ超軽量合金、人の皮膚の温かみを持つラバー樹脂、どこへでも間違い無く、安全で正確に移動できる衛星ナビゲーションシステム(GPS)、万一の危険回避能力(内蔵コンピューターの瞬間レスポンス)、これらをベースに実現を要求される高運動能力、所有者に対する忠誠と安全保護確保能力機能、感性機能等様々な困難な開発案件があるが、日本の工業界は一致団結してこれらを解決する力と実力がある。
万博の主要テーマである地球環境保護のためには、動力源としての内燃機関全廃の方向で進む必要がある。太陽エネルギーとか風力とか波とか地熱とかの自然から得られるクリーンなエネルギーの利用で石油等の化石燃料消費を無くすのである。そうすれば現在の国際紛争の主要原因のひとつである石油問題に日本は一切かかわる必要が無くなり、日本は永世中立を検討出来る様になる。高度な開発技術の成果は、世界各国への使用権受諾の見返りとしての莫大な還流マネーをもたらし、老人が困難無く生活できる社会保障体制を充実させる事ができる。また人型ロボットの普及は、発展途上国からの労働力移入の必要性も解消させ、治安の不安や紛争に巻き込まれる事も無くなる。一見北欧のフィンランドとかスウェーデンの様な国への移行を思わせるが、さらに付加的に環境自己循環還流型社会を目指すのである。たとえば完璧なリサイクルをしていた江戸時代の江戸の町の様に、必要な物を中だけで回し、外への依存を無くすのである。
国連の常任理事国入りに反対されているのなら、無理してなる事は無い。そのかわり相応の国連負担金の支払いに総額を落とし、あまったお金はこれら最先端技術開発研究の為にどんどん投資するべきだ。そして世界の中であるべき理想的国家としての姿を現実化させて、国連の中で範を垂れるのも一方の国際貢献であるはずである。外交下手の日本が国連の表舞台で無駄金使うより、もともと日本は技術開発に熱心なあきらめの悪い職人の国なのであるから、得意な分野でもっとお金を有効に使うべきなのである。

「チップは有効に」
広義な意味からすると、贈賄もチップの一種類であるのであろうが、日本には贈賄以外のチップの習慣が無い為、日本人は海外へ行った際戸惑う事が多いのであるが、場合によってはチップは大きな有効性があるのを忘れてはならない。
多くの発展途上国では空港到着後の預けた荷物受け取り場所(いわゆるバッゲージクレイム)でトロリーを持った赤帽が待機している。もちろんチップ期待だ。一人一ドルのチップとして十人の荷物運搬で千円、五十人で五千円、五千円は発展途上国の労働者の一ヶ月の賃金にも相当する所もあるから大きな稼ぎだ。(もちろんあっちこっちで上前をはねられるのだが)空港の彼らは有効に使おう。大概はその後の税関吏によるX線検査を大幅に省略してくれたりバイパスして完璧に省略してくれたりする。面倒な手荷物が入っている場合は百円のチップで大助かり。出国時のチェックイン前の預け入れ荷物のX線安全検査、長蛇の行列の場合が多い。これも彼らに頼むとX線装置の直前で横はいりしてくれてチェックインカウンターまで直行だ。
自分でやればタダなどとケチな事は考えずにチップは気前良く有効に使おう。

「メキシコ

国際社会での公用語としての英語の地位は確定している。一時だいぶフランスが抵抗したが、力の関係から仕方がない。日本が鎖国という外界へのチャレンジの無い時代をのんびりと過ごしていた期間にイギリスは大海へ乗り出し世界各国を植民地支配し、英語圏を広げたものだから、強制的か、半ば必然的に英語を理解する人が増えたのも仕方が無い。そしてアメリカが英語になったのが決定的となった。
ひるがえって、中米と南米諸国はどうしてもスペイン語である。(ブラジルはポルトガル語)。
久しぶりでメキシコを訪問したが、スペイン語のほとんどわからない弊員としては誠に勝手が悪いのである。
先住民であるインディオは多くの石造りの建造物でも判る通り高度の文明技術を持っていたにも関わらず、文字を持たなかった。それが自国言語消滅の要因となった。16世紀、インディオ達の長い平安の時代に暴力的に終止符を打つべくしてやってきたスペイン人の強制的なスペイン語施策により、自国語は完全に消滅した。
良く言われる様に、中国では標準語とされる北京語に対し、広東語を代表とする各地の言葉が中央に対抗して話されている(大阪の人が標準語を東京弁と言うが如く)。ただ、使用する文字は、漢民族の地域では漢字であり、これば中国広しといえど、どこでも通用する。
漢字は多数の華人と共にそれを輸入した日本を始めとする多くの国で使用されている意味がほぼ同じな便利な表意文字である。残念ながら、過去漢字を使用していた実績のある韓国やベトナムは諸般の事情から独自の文字を使用するか、アルファベットになってしまった。
中国と肩を並べ多くの人口を抱えるインドでは、中国と同じ様に地域ごとに言語は違うが、インドの場合文字も違う為、たとえばインドの紙幣には各地の文字が印刷されている。
タイではタイ独自の文字がある。ミャンマーやパキスタンなども同じだ。インドネシアやマレーシアでは独自の文字があったのであろうが、アルファベットになってしまった。アジアの各国は従来の文字を使い続けるか、あるいはアルファベットを代用するかになったのであるが、話し言葉自体は依然各国独自の地元言語である。何故ならば、自国の文字を持っていたからである。イギリスに長期支配されたインドでは、ビジネスの世界ではなかば公然と外来語である英語が話されるが、外国人を交えた商談で都合が悪くなると突然インド人同士でヒンズー語をしゃべり始めたりして辟易するのである。
メキシコでは現地言葉は残らなかった。公用語はスペイン語である。中米・南米諸国でもほとんどの国が公用語はスペイン語である。文字を持たなかった人たちの帰結であった。怒涛の如く押し寄せた暴力的植民地支配の下で、文字を持たなかった人々は以降の長い過程の中で独自のオリジナル言語を失ってしまったのである。

「インド・ジーンズ」

インドでも徐々にジーンズが一般的になって来た。過去ベトナムでもそうだったが、経済事情が好転するにつれて、男も女もジーンズを着用し始める。安いのと、頑丈なのと、西欧文明的な粋な感じがするのが浸透する事情だろう。
インドでも女性のひらひらしたサリーや、男性の普通のズボンからジーンズへの移行が徐々に浸透しはじめてきた。やはりかっこ良く見える。ただ、大きな問題がある。それは多くの人が吊るしの標準サイズのジーンズをはくことが出来ない事だ。なぜあの様に太ってしまうのであろうか? 最近スリムなボディーに対して大分志向が高まった様だが、大変な事と思う。
インド国内線の昔からの老舗であるインディアンエアーは、国営が故との事だが、キャビンアテンダントはかなり年の入った太めの女性で、これがサリーをまとっている。腹部からお肉がはみ出している。サリーの特徴だ。飛行機にはペイロードという言葉がある。昔沖縄の離島を結んでいた南西航空(日本航空グループとなった)は、搭乗者全員の体重まで計測して離着陸に差し支えないぎりぎりの有償運搬貨物を積んで飛んだのであるが、いかにしてもインディアンエアーのキャビンアテンダントは航空燃料消費の無駄に見えて仕方が無い。ちなみに評判の良い後発民間のジェットエアー社ではキャビンアテンダントは若いスリムな女性・男性に限られているのである。

「タイ航空事情」

最近タイのドンムアン空港が面白い。老舗のタイ国際航空に加え、バンコック航空、エアープーケット、タイエアーアジア、PBエアー、NOKエアー等多数の航空会社が参入している。NOKの、機首を鳥のくちばしに塗装した飛行機はふざけているが笑える。新規参入組みの機材は大方が中古機と見れる。古いB-747、日本にはないB-757、ロッキードトライスター、日本製のターボ機YS-11もある。先日はタイ空軍のダグラスDC-3型機が離陸するのを見て感激した。昔のプロペラ機、地上でおしりがついて上を向いている飛行機である。
タイ国際航空は、バンコックからインド主要5都市全部に就航している。デリー・ムンバイ・コルカタ・チェンナイ・バンガロールである。タクシン首相は改選で圧勝し支持を堅固にした。首相のインドへの取り組みは最近富みに力を増しているが、飛行ルートの拡充もその証左と見て間違いない。それに引き換え日本航空は成田−デリーの直行便が週三便と使い勝手が悪い。全日空はかなり以前に運行を停止したままだ。

「シンガポール」
弊社は機械メーカーであるので、金融とか電気・電子産業の実情には詳しくない。機械産業の販売促進の一手段である見本市であるが、従来シンガポールの展示会は東南アジア・南アジア地区の中心地的ハブとしての役割を担って来たと思うが昨今状況が変化しつつある感じがする。タイ・インドネシア・ベトナムやインドが育って来てしまい、個々でそれなりの展示会ビジネスを発展しつつある。機械の需要はシンガポールにはそれほど無く、それらの周辺国がメインだ。機械産業の情報基地としてのシンガポールの地位は確実に低下しつつある感じがする。過去シンガポールの発展に寄与した電子産業もインド中国等へ移転しつつあるはずだ。シンガポールとしては将来の舵取りがむづかしくなりつつあるのではないかと思った。

「八月十五日」
在中国日系企業からの注文納期をせっつかれている。「なーに、小泉首相が八月十五日に靖国神社に参拝すれば、中国での予定は全部延期ですよ!」との返答は不謹慎だったろうか?
インド・デリーでは七月出張時、四十五度以上の気温だった。今年の日本も暑くなりそうだ。景気も是非暑く!ご健闘をお祈りします。

 平成17年 正月
 
「オシフィエンチム」
 と言って何だか判る日本人は恐らく殆ど居ないだろう。ポーランド南部の街の地名である。ドイツ語名「アウシュビッツ」。
 実録映画で良く出る、鉄道の終着地で捕らわれた人達が降りるシーンは、ここアウシュビッツではなく、すぐ近くのビルケナウ収容所である。約五年弱の間に双方の収容所で二十八の民族(その殆どがユダヤ系)合計三百万人の命がドイツナチスの手により無残にも奪われたのである。
 営業ですぐ近くの町に滞在する機会があったので、訪問した。観光と言う事は出来ない。我々人類が直近に起こした最大のあやまちへの学習だ。一帯は「働けば自由になる」とドイツ語で書かれた門や(ここに入ったら最後、いくら働いても自由になれる事は無かったのだが)高圧の電流が流されていた有刺鉄線、ガス室、銃殺の処刑場等ほぼ当時のままに残され、無料で開放されている。無料で多数の人に見てもらい、二度とこの様な事を起こさない様にという願いから開放されているはずだ。初秋のまだ日差しが強い午後、多くの見学者が訪れていたが、中でも目を引くのはイスラエルの国旗を掲げた若い訪問者の多数の団体であった。そう、ここで奪われた命の多くは現在のイスラエル人の係累である。
 ビルケナウの収容所には共同トイレが残されている。千鳥に穴だけをあけ一直線に何個もの穴をあけただけのコンクリート製の、周囲に囲いのないオープントイレである。ここではまず来たとたんに全ての人間としての尊厳が奪われ、最後にいとも簡単に虫けらの様にして多数の命が奪われたのである。その殆どがただ単にユダヤ人であるという理由だけで。日本でも対抗する武家への徹底した粛清は過去沢山あった。戦いに勝った側が負けた側の一族係累を草の根を分けてでも探し出し、たとえそれが乳飲み子であっても徹底的に始末するというやり方だ。下手に残すと恨みを持つ者を残すことになり、将来自家に弓引く禍根を残すからである。敵対する者を根絶やしにするという手法は、下手をするとこちらが根絶やしにされる立場になるので、やらざるを得ず、多くの国でも歴史をたどれば似たような事例が数え切れない程沢山あるのだが、あの当時なぜユダヤ人をそれまでに根絶やしにする根拠があったのかどうか、これはただ単にヒットラーの方針であったのかも知れないが、一緒に暴走してしまった多くのドイツ人にとっては悔恨の極みである事だろう。民族対民族の争いは止まる事なく拡大する一方であり、アフリカの国々ではまさに民族対民族の粛清が横行している。イスラエルとパレスチナの紛争も収まりのきっかけさえ無くひどくなる一方で、この現状をヒットラーは地下からせせら笑いながら見ていることだろう。敵対する民族同士が和解するのは遠い過去から現在に至るまで本当に難しい。
 
「中国」
 中国では自動車を汽車と言うが、以前の本項で、多分蒸気機関による自動車が最初に中国に入ったので自動車が汽車と言う様になったのではないかと推測して記載したが、中国では汽の字は揮発油をも指すらしく、すなわちガソリンで走る車という事で汽車になったらしい。やっと謎の一つが解けた次第です。
 パリでもイタリアの諸都市でも中国の観光客がアジア勢では数量で圧倒している。服装と大きな一眼レフカメラとビデオカメラの両方を肩に掛けているのですぐそれとわかる。台湾やシンガポールのチャイニーズとは判別がつく。韓国勢も沢山居る。それと引き換え日本勢は少数派だ。経済事情を反映しているのであろうか。まさに中国はかつての日本と同様バブル真っ最中だ。
 現在多くの中国の機械メーカーは1年になんなんとする注文残をかかえており、その殆どが内需対応の国内向けである。景気は上がり下がりを必ず繰り返すという一般概念からすると、当然中国の景気もいずれ下降線を迎える時が来るのであるが、恐らく北京オリンピックまでは政府は大幅な景気後退をさせない努力を必死でするであろう。怖いのはその後である。内需向けであった機械設備装置、あるいは自動車等も一斉に輸出に回る。中国以外の各国で安い中国製品とのつばぜりあいが起こる事は覚悟しておく必要がありそうだ。一時的である可能性は濃厚ではあるが、かなり大変な状況が二千十年頃に起こり得るのである。
 
「タイ・自動車産業」
 昨年後半、タイメタレックスという機械見本市に出展した。年々規模が広がり、すでに翌年(今年秋)の小間は満小間だとか。日本の大手工作機械メーカーはこぞって最新機械を多数展示し、日本パビリオンが設営された。
 自動車産業は部品メーカーの裾野が極端に広い産業だ。タイは導入した産業が自動車であって非常にラッキーだった。周辺の東南アジア諸国とは極めて異質な発展を展開していると感じている。
 多くの自動車部品はもはやタイ市場だけでなく、近隣諸国への輸出へもシフトしており、タイ国内でどんどん増加する自動車部品の生産量の多くの部分が輸出である。日本で製造して輸出する場合とタイで製造して輸出するケースと、まったく遜色が無くなったのであろう。技術の裾野がどんどん広がっているが、実は日本の自動車部品メーカーがこぞってここへ出てきている事がその主要因である。日系企業は当然日本の工作機械を第一に選択するから、見本市も日本勢の展示スペースが広がるのも当然なのである。
 
「KTX」
 昨年開業した韓国版新幹線である。コリア・トレイン・エクスプレスの略称である。首都ソウルから、大田を分岐として釜山と光州・木浦へ至る二路線がある。昨年私もソウル・大田間を利用する機会があった。最高時速三百キロを出し、ソウル・釜山間を三時間で結ぶ。ソウル・釜山間は四万五千ウォン(約四千五百円)と料金はめちゃくちゃ安い(もっとも韓国では、飛行機・タクシー・バス・地下鉄共、公共交通機関の乗車費用は日本と比べて飛びぬけて安い)。車内では、先ず韓国語の案内が放送され、続いて英語・日本語・中国語と続く(日本語と中国語は要点のみの放送)。
 座席が回転しない固定座席で、車両の真ん中でご対面する方式であり、進行方向の後ろ向きに座ると気分が悪くなると、韓国国民には不評があるが、日本の成田エクスプレスもこの方式であり、我々日本人には特に大きな問題ではない。不評はともかく、内実は韓国国民のご自慢の種がまた一つ増えた事には間違いない。
 日本人だからでは無く、客観的に残念な事が一つある。車両が日本の新幹線と比べ一回り小さい事だ。一般席は四席十五列、新幹線と比べ一列少ない。フランスから輸入された車両技術故、ヨーロッパ式で、プラットホームから車両通路へは階段で上がらなくてはならず、バリアフリーでは無い。キャスター付きの大きな荷物を持っているとしんどいし、日本の新幹線になれている日本人には特に違和感がある。些細な事だが、トイレや手洗いの水もペダルを踏むヨーロッパ方式だ。韓国のちょっとした工場でもセンサー式蛇口が設置されているのからすると先端技術を駆使した車両としては問題じゃないのだろうか?
 日本の新幹線からみても、将来旅客数が増加するのは目に見えており、ほぼゼロから投資したのだから何故大きな日本の新幹線車両を選択しなかったのか、政治的な思惑が大きな選択要素であったとは簡単に判断はつくが、斬新な設備を見るにつけその選択の過ちを残念に思った。
 
「トイレ、その4」
 日本のホテルと海外のホテルとを比較して画期的に違う設備が一つある。それはトイレだ。最近では日本では五千円代のビジネスホテルであってもトイレはウォッシュレットが常識だ。しかし海外のホテルでは五つ星クラスでもその設備はまったくと言って良いほど無しである。現状ではウォッシュレットの技術は日本の独断場、大事なお尻の真ん中をやけどさせる事のない最新細心の先端技術は日本の技術以外では製造不可能な部分ではあるのであろう。ただ、実はインドやインドネシア等では家庭も含め、ほぼ百%の普及率であったのを忘れていた。但しこちらは伝統的な手桶によるマニュアルハンドウォッシュレットであるのだが・・・。
 フランスの郊外にオルレアンと言う街がある。ジャンヌダルクが生まれた街で、街の中心の広場にはパリに向かって進む彼女の騎乗のりりしい姿の銅像が立っている。顔立ちが凛として整っているので惚れ惚れする。
 この街の近くの工場の中のトイレでとんでも無い物を発見した。しゃがみの大の方のトイレである。ヨーロッパは大は座りであるという基本概念を根本的に考えなおさなければならなくなりそうだ。ちなみに、やはり日本と違い百八十度回れ右してしゃがむ防御型スタイルで、便器は金隠し無しのいわゆるのっぺりした中国式。
 
「不評」
 最近家族から不評をかう事が二点ある。一つは声が大きい事。もう一点はずうずうしい事。である。両方共加齢に伴い男女を問わず出てくる現象ではあると思うが、私の場合はちょっと背景が違っているだろう。中国とかインドとかとかく人口が多い国に商売に行く機会が多いと必然的にこうなってきてしまうのである。生存競争の厳しい国ではのんびりしていたらいつになったら順番が回ってくるかわからない。並ぶ列にしてもぴっちりと前にくっついていないと割り込まれる。たまにこっちも割り込みをしてやらなければ待ち時間の短縮が出来ない。最大限自己主張しないと無視される。大きな声でそれも怒った様に、である。電話にしたって、打ち合わせにしたって声の大きさは商談の風向きを変える大きな要因にもなる場合がある。韓国では口論となると、口論の問題点はさて置き声の大きい人が勝ってしまう事が良くあるらしい。たとえその人が悪くても、である。ミスターエノモトはもう五十%インド人だ、と最近懇意なインド人達に言われる昨今である。家族から不評をかうのも仕方なさそうだ。
 
「人生」
 人の一生は一回きりだ。やり直しはきかない。私は極めて現実主義なので、来世なるものは一切信じないし、死の瞬間はテレビのテストパターンがプッツンと消えるが如くなにもかもが無くなってしまうものだと心得ている。生きる事は食べることだ。我々は、我々の両親の時代の食べる物に欠く様な時代に育っていないので、人生が何たるかを良く判らずにのんびりと過ごしてしまっている場合が多いのである。現在の飽食の時代に、明日炊く米に事欠く時代の事など想像することは無理だ。現代は不足が無いという大きな不満が渦巻く時代でもある。
 人生人それぞれ、育った環境により違った伸び方をするのであろうが、過去一度、有り難いという感謝の気持ちをもてない子供を雇った事がある。中卒で入ったが、数年で辞めていった。色々面倒を見てやったので、侘しかった記憶がある。恐らく幼少時育った家庭の環境によるものである事は間違い無い。
 たくさんの失敗を許していただいている弊社は毎日が感謝・感謝である。許し許される、感謝する。勿論程度が厳然として存在するのではあるが、出来得れば人をなるべく許す事のできる感謝に満ちた心豊かな人生を過ごしたい。
 人生の軽重は、出会いの多さに比例するはずだ。最も大きな自己で選択する出会いは伴侶であり、そしてその間に出来る子供達だ。子供たちの成長の過程で一緒に生活して体験する悲喜こもごもの思い出は、胸の奥底からじんわりと沸き上ってくる涙腺をも刺激する暖かい思い出である。子供を持つ事は絶対に人生を豊かにする。そして学校、仕事、余暇、たくさんの人とひととの触合いはさらに又人生を豊かにする。人生はチャレンジだ。修羅場をいくつくぐったかで人の重みが増し、当然価値が決まる。チャンスはたくさん作り、それにチャレンジし、決してあきらめず前に進む。百獣の王ライオンが我が子を百尽の谷に突き落とす・・・とはあえて親が子にあたえる修羅場である。谷から這い上がれなければ修羅場続きの厳しい大地の生活を送る事が出来ないから、早くから淘汰して始末してしまった方が食物分配の効率が良い。食うか食われるか、小さい時から試される。豆腐の様に骨のない最近の新卒を修羅場に落とすのは、あまりにもショックがきつ過ぎて逆効果であるかも知れないが、弊社では事ある毎にそれなりのショック療法を施している。インドあたりの出張も連れていって、帰りは国内線乗り継ぎで一人で帰させたりしている。自分が困るので、金曜の社内英会話教室もけっこう必死でやっているのである。
 
「スクリュープレス」
 私用で夏にイタリアの都市を数箇所家族と回って来た。ローマバチカン美術館でとんでもない展示物を発見した。マンパワー方式のスクリュープレスである(写真)。これはちょっとした感激の対面であった。仔細に見るとスライドのストローク長さが極端に短く、恐らく万力の延長線上で作られたものと推測した。ねじを回すフライホイールは一直線の長い棒で、これも万力を感じさせる。ただねじのリードは大きくセルフロック・クランプする事は無さそうで、やはり灼熱した鋼材をじわりじわりとつぶす鍛冶屋の道具として製作されたのであろう。驚く事にその後ベネチアの王宮のコーヒーショップの横にも同様の物が飾られてあるのを見、おそらく教会や王宮の沢山の扉金具や窓飾り等を鍛造したり、修理する鍛冶職人がお抱えで雇われていたのではないかと推測した。

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 最近は日本でもエクステリアの特注品を手作りで鍛造する仕事が増えているらしく、小型の手動スクリュープレスの中古機を何台か販売した。もう使い手が国内では消え、弊社の製品故引き取ったものの、そのままではさびて朽ちてしまうので東南アジアに送ってしまおうかとしていた機械だ。買い手は若い人達だ。職人の世界に若い人達の目が向きつつあるのは嬉しい限りだ。
 日本の産業が生き残れるのはこの職人技の領域である可能性が高いのであるが、鍛造にしろ金型にしろ若い人達がどれほどこの職人の分野でがんばってくれるかが今後の日本の生き残りの大きなポイントとなる。
 弊社ではとんでもないお釈迦や失敗の繰り返しに懲りる事なく、今年も沢山の若い連中の育成に努力して行くつもりでおります。おかげさまで沢山の注文残を持っての新年となり、感謝の一年が又始まりました。貴社のご繁栄を祈念します。
 

 平成16年 夏

「靖国神社」
 ドイツは二度の世界大戦を起こした責任と、アウシュビッツで代表されるユダヤ人虐殺等への反省から、第二次世界大戦を引き起こしたヒットラーを筆頭とした当事者に対し、戦後徹底的な戦争犯罪責任を負わせ、その毅然たる行動を世界に問うた。
幸いと言ってよいのかどうか判断に苦しむが、我が家の家系には第二次世界大戦で戦没した係累が居ない。戦争末期に乙種合格で北支に駆り出された父も現地で終戦を迎え無事に故国の土を踏み、結婚をし、現在の私が居る。
 他方、一銭五厘の赤紙一枚で南方に駆り出され戦没された方々。戦後ロシアに抑留され極寒の地で亡くなられた方々。有為ある前途を残したまま敵艦に体当たりした若き特攻隊の方々。広島や長崎での原爆被災者の方々。空襲で亡くなった方々。悲しみや苦しみを身を持って体験された多くの遺族の方々がまだ多数生存されているのであるが、一体そのご遺族達は、戦争を起こした人々をお許しになっているのであろうか? 私個人は、係累に戦没者が居ないので、参拝する事もなく意識する事も必然的にないが、被害者と加害者が一緒くたに合祀されている靖国神社である。
 戦没者ご遺族がもしお許しになっているのであれば、私は個人的にあまりに寛容すぎはしまいかと思うのであるが、このコメントに対するご批判はお受けしたい。

「教職?」
 海外展開が加速度を増している弊社では、必然性から毎週金曜終業後にアメリカ人教師を招いて英会話教室を社員に無償で提供している。基本的に自由参加だが、若手は将来を考えて半ば強制的に参加させている。弊社の様な中小企業では出来の悪い者もやむを得ず雇わざるを得ないが、工業高校を卒業している社員に小学校レベル以下の英語力の者が居て、苦慮している。幸いやる気はあるので、毎週個人的に私から宿題を出していたものが、当初まったく宿題をやってこない。聞きただしてみると、小学校からこのかた一回も宿題という物をやった経緯が無いという豪の者だった。宿題という物は別にやらなくても良い物・・・という常識?が今まで通用して来てしまったらしい。教師も半ば諦め責任放棄していたのではあろうが、しかし最近はちゃんと宿題をやってくるのである。ゆとり教育とかなんとか言ってピントが外れていたのが、最近は現実に即して教育現場も改善しつつある様だが、先だって、生徒指導で昼休みがきちんととれず、調査の上、昼休みの取れなかった時間への給料を請求する訴訟をどこかの学校の先生達が起こすという新聞記事を見たが、ならば教職など辞めて民間企業で働いたら、と言いたいところだが、実はこの手の連中は民間企業でこそ使い物にならないデモシカ先生なのである。

「ザ・ラスト・サムライ」
 アメリカで製作された映画である。助演男優に、渡辺謙。他真田真之や小雪などがいい演技をしている。明治天皇が出ているので、政府反乱軍になる渡辺演ずる勝元はさしずめ西郷隆盛なのであろうか。アメリカは時々この手の文化的に自国にないエキゾティックな映画を製作する。アラビアのロレンスもしかりである。今何故日本文化の映画なのか。世界貿易センタービル崩壊のあの事件以来アメリカの異文化に対する理解が必要とされている。本来イスラム諸国なのだが今は支障がある。まず手っ取り早く、いくら倒れてもまた起き上がる同盟国、依然行動規範にアメリカの物差しが当てはまらない、不思議の国日本のサムライ映画がまた製作されたのではないかと、切腹介錯シーンの時ふと思った。

「続・続トイレ」
 インドでのトイレも極めつけの領域に達してきたものだ。毎月行っているのでいつだったか忘れたが、ムンバイだかどこかの国内線の空港で「大」を催しトイレに急行し、しゃがみ式であったので過去の失敗を繰り返すまいと、入ってからしっかりと回れ右をしてしゃがみ、用をたし終わった。事後の爽快感にゆったりと浸る間もなく、とんでもない事に気がついた。ティッシュを忘れたのだ!万事休す、運の付かないものだとヤケクソになってももう後の祭り。さてどうしたものかとしゃがみながら思案する私の目は、目の前のインド人用ハンドウォシュレットの為の手桶に釘付けになっているのであった。

「インド」
 下手をすると月に2回もインドに出かけているので、最近はホテルもそこそこのレベルのところに押しとどめている。
 ニューデリーで定宿にしている地元系ホテルに宿泊した際、夜、朝食をとる時間を聞く電話が部屋にかかってきた。スティッキーライス(インド式のポロポロご飯でなく日本式のべとべとご飯)を用意しておくと言う。翌朝、本当に日本式ご飯を出してくれた。過去このホテルは朝食にインドご飯もお粥も無かったからびっくりしたものだ。
 やたらサービスがよくなったので不思議に思ったが、はたと思い当たる事があった。その直前に泊まった時にアンケートを是非書いてくれというので、備考欄に「朝食はライスが欲しい」と書いておいた。日本人用に日本式のべとべとご飯まで用意してくれたサービス精神の周到さには脱帽したが、ここでもはたと思いついた事があった。インド人は自分の摂る食事の内要に関して非常にうるさい国民である。ベジタリアンであれば選択肢が狭まり、出す側も失礼が無い様にかなり気を使う必要があり、実際インドではそうしている。機内食のリクエストもインド人はかなり言いたい事を言うらしいが、大概航空会社は用意するらしい。日本人に日本人好みの食事を用意して出すのも、インド人ならではの特に珍しくもないサービスのひとつだったのであろうと、一人で納得した次第。

「芸と工」
 故・清家正。設計製図学の大家で、一般の製造工場活動の全てはシステムだった図面のみがコントロール可能であるとの結論から派生し、生産工学と言う言葉を創設した。
 工場の親爺の勘による采配を近代的明瞭な誰にでも理解できるシステムにした。過去の工場は、芸術(芸)であり、進むべき近代的工業(工)からはっきりと袂を分かつ手法を現場で使用する図面をもとに編み出したのである。
 インドの辺鄙な工場に行っても、カイゼンとか3S、5Sと言った日本の生産システムの波及を見る事ができ、品質管理表なども自慢げに見せてくれる昨今であり、日本人としては実にこそばゆいところである。確かに高度成長期は工場の即戦力確保の為、多数のマニュアルが作られ多数の忠実なマニュアル人間を促成栽培して工業力向上に貢献したものだ。それだけではロボット人間であるのを、改善・提案活動を通していつも前に進む工夫をしたので日本の工業技術力は他に類を見ない発展をした。
 だが待ってくれと言いたい。日本はこの10年で更に又奥に進みつつある気がする。それは、芸への回帰、職人への回帰である。
沢山の諸工業が海外に移動して行ったが一部逆戻りしているものもある。それは何か、数字で示されるマニュアル通りでは解決できない職人技の領域である。高価な装置を使わなくても、金属表面のミクロン台の傷や段差をぴったりと探り当てる指先の感覚など、マニュアルで示されるわけが無い。この領域の衰退が無ければ日本はまだ当分大丈夫。この十年の厳しい時期にしっかりと研究開発した新しい工業技術と職人の技がミックスすれば世界中日本にかなうものは無いはずだ。
 しかし気になるところもある。職人の技をどう若年層に伝えて行くかだ。少なくとも十年はかかるであろう職人の技の伝承を確実に若年層に伝える事が今後の日本の衰退に影響するのは確実だ。最近工場に行って気がつく事は、図面に記載されていないいわゆる職人の心配りの部分がどんどん失われている事だ。機械加工や組立時のちょっとした心配りがシリンダーのパッキンの寿命を大幅に伸ばしたり、摺動部の磨耗を防いだりする。それが世界に冠たる日本製品の故障率の低さに貢献して来た、この職人の心配りを決して失ってはならない。

「タイ」
 タイで買う航空券は飛びぬけて安く、インドへ行く際はいつもタイ経由にしている。チケットを買う都合から先日、土曜にバンコクに入り日曜の休日を夕方の移動までバンコックで過ごし、暇つぶしにアメリカ映画を見る事にした。飛行機機上ではしょっちゅう見る映画も、劇場で見るのは久しぶりで迫力がやはり違う。上映開始、日本と同じ様に予告編や宣伝がひとかた済んだところで、急に全員が起立をしたではないか。その瞬間、上映の場所変えでもあるのかと勘違いした。横の人に促され、私も立ったところで、国王を敬う映画が始まった。誰も座っている人は居ないし、突然全員が誠に自然に起立したものだが、心から感動したものだ。こんな光景は世界でタイだけじゃないだろうか?国民の殆どが、強制される事なくごく自然に国王を愛し、尊敬している。権力の乱用は無いが、国王の意思は絶対的でどんな政治家も逆らう事が出来ない。国民に絶対的に愛されている国王であるから、国王を敵に回す事は国民の全てを敵に回す事になる。独裁をしようと思えばできるのだがしないから国民の尊敬を一途に受けるのであろうか?そもそもその前に、国民が王室を愛し敬うというベースがあるのであろう。国王と国民の信頼関係は隙間も無い程密着している。世界的にも類を見ない国、タイランドの重要な一面を垣間見た。
 タイから始まった通貨危機の前、当時タイでは賃上げ闘争のストライキが頻発していたが、昨今またこれが復活しているらしい。タイは二度と沈まないと多くのタイの産業人が言っているが、経済が活況を呈しているからもちろん物価は上昇傾向にある。ホテル代もちょくちょく値上がりを始めた。だから賃上げ闘争も肯える現象とも言える。日本国内では素材の価格が数度に渡り値上げである。鉄板・鋼材・非鉄金属・鋳造品等。もちろんその二次製品であるボルト類、溶接ワイヤー等も値上げだ。ガソリンの値上がりがそれに拍車をかけている。タイでは大方の特殊鋼は日本等からの輸入に頼っているが、賃上げ・材料費値上げの反面、自動車会社に納める製品の単価は依然値下げの要求らしい。両方から攻められて赤字決算が続けば海外に出たメリットはなくなるかもしれない。駐在の日本人はぼやくことしきりだ。賃上げ騒動の矢面に立たされるあの悪夢の再現がまた起きはじめている。

「スリ集団」
 1月から2月にかけてインドムンバイで、インド国際機械展(IMTX 2004)があって弊社は他の上場機械メーカーに精一杯伍して実機プレスを展示しての参加となった。昨年前半は、受注もパッとせず、在庫を作るなら展示会で売れそうな機械を作って展示してみようかとある種の投資感覚で出品したが、予想通り機械は売却でき、見返りは預金口座に戻ってきた。作戦は大当たりでハッピーな終了と思いしや、海外出張では始めての格闘まがいの武勇伝を演ずる事となったのであります。
 スリその一、展示会二日目だったか三日目だったか、午後六時の閉場に合わせ、会場ゲートから外にで、地元商社の車に乗ろうとしたその時だ、突然三〜四人の怪しきインド人が私の荷物を持って車に入れてくれる振りをしてドッと寄って来た。よくホテルの玄関等ではドアボーイが手で持っている荷物を車の中に入れてくれるがそんな感じである。胡散臭い連中が居ると警戒していたので、荷物はしっかりつかんだが、右の尻ポケットの財布めがけて手が進入。幸いな事にかの手は財布を握る事なく、その内側の私のふくよかなお尻をさすったものだから、瞬間に大声をあげ(痴漢と叫んだかどうだか記憶にない)振り向き、商社の連中が駆け寄って来たものだから、スリの集団は蜘蛛の子を散らす様に一目散に退散し、事なきを得た。
 スリその二、翌日は昨日の事もあり十分に背後を注意しながらゲートを出る。隣の小間の年配の日本人の会社が同じインド商社の扱いなので一緒になり、十分注意する様に声をかける。この日はゲート前の車が恐ろしく多かった為、インド人商社員が道路向こうの駐車場に行こうと先に横断をし始めたので、嫌な感じがしたものだが、この日本人と横断を始めた。駐車場に向かう最中、目つきの怪しい四〜五人の集団が斜め後ろからついてくるのに気づき、気になったので年配の日本人を二メートル程先に歩かせた。するとかの集団が私を追い越しざま、突然年配の日本人の両足に組み付き始めたので、これは始まったと後先も考える間もなく組み付いている連中の尻めがけて後ろからめちゃくちゃに蹴りを入れてやった。周囲の二〜三人にもたてつづけに蹴りをいれたところ、予想しない反撃にびっくりしたのかあっと言う間に退散してしまった。とっさの判断で被害無し。聞いたところによると、韓国勢は同様な手口で財布をやられたらしい。
 教訓、財布にはクレジットカードを入れて持ち歩かない。現地通貨、盗まれても泣かない程度しか持ち歩かない。弱い者を先に襲うので、後ろを歩かせない。必要以上に反撃しない。さっと逃げた手口からプロ集団では無かったのかも知れないが、貴重な経験をさせてもらいました。

 「インドネシア」

 昨年十二月にジャカルタで開催された機械展示会に出展しておもしろい事に気がついた。小間に来て、弊社プレスに興味を持って話かけてくるインドネシア人の多くが日本語を喋る事だ。彼らの多くは短期・長期日本での滞在経験がある。いわゆる工業部門での日本とのつながりを強く感じた。政治の紆余曲折の影響を受けながらも、インドネシア経済は着々と回復している。

「海外出張」
 ここ十年以上にわたる海外マーケットの開拓が功を奏してか、海外での商談が激増してきている。このままでは一人での守備が不可能になるので、目下社内では若手社員に英会話の特訓中である。かく言う私は、呼ばれれば断らずついつい応じて出張してしまうので、最近では月に三回も四回もとんぼ返りの海外出張をこなしている。月内の三分の一も社内に居ない事が多い。父親から事業をバトンタッチした時から、私は自分で発行する見せ金である手形が嫌いで弊社仕入れは全部現金取引しているので、月末の手形決済に起因する心配事が一切ない。月内のある時期に支払いと、給与の振込み決済をするだけ良いのだが、これも最近はインターネットによる電子認証をしているので、最悪の場合でも海外から支払いの決済が出来る。印鑑を押しに会社に戻る必要が無い。従って身が軽い。
 CDやDVDが本体にすっぽり収まる、プレス加工されたマグネシウムボディーのご自慢のラップトップパソコン(弊社のプレスで加工されていないのがくやしい)には、過去十年の見積書、見積仕様書、技術データー等がぎっしりと収容されていて、どこに居ても引き合いがあれば、その場で即座に見積書や技術資料を作り送る事ができる。PHS・PCカードアダプターがあるから国内はどこでもインターネット通信可能、また海外では、iパスコネクトから現地最寄のプロバイダーに、ホテルの部屋の電話から現地国内通話料金で接続し通信できるので、社内に居ようが、国内出張していようが、海外出張していようが事務処理は大差なく出来ている。長期海外出張から帰国しても出張中に案件の殆どは処理してしまっているので、残務整理は二日あれば全部片付いてしまっている。便利な世の中になった。留守の事務所に届く手紙やファックスはスキャニングさせてeメールの添付書類で送らせているので、最近は出先でのファックスの使用はゼロに等しくなった。ファックス書類は言い方は悪いかも知れないが、屍だ、その点、メールで送られてくる文書データーは生きている、料理できる。私は現在その最大の利点を生かし、世界どこに居ても滞在地のホテルと国内の事務所とを同じにしてしまっている。
 懇意にしている乙仲会社の方から、海外携帯電話器を購入する事を勧められた。アジア地区は日本と韓国を除くとGSMという携帯電話システムである(ヨーロッパも)。一万二〜三千円で携帯電話装置をこれらのどこかの国で買い、一センチ四方のシムカードと呼ばれる小さなカード(これがその地の携帯電話番号になる)を買い電話機に挿入し、プリペイドの通話料をチャージしておく。国ごとにシムカードが必要だが、到着後カードを差し替えれば即携帯電話が使え、まことに便利な上に安価である。これで海外出張も完璧だが、のんびりできるのは飛行機の機内だけになってしまった。ただこれも時間の問題の様だ。いずれ飛行機の座席まで重要案件の決済やクレーム処理が追っかけてくる事になりそうだ。

「オーバースペック?」

 韓国で懇意にしている会社の会長は私より年が一回りも若いにも拘らず、同業他社から社長をヘッドハンティングして自らは会長となり、悠々自適の毎日を送っている。貧乏会社の現役社長の私からして見ればどうかなっているんじゃないかと、羨望を通り越し、韓国大丈夫なの?と思ってしまう昨今である。その若い会長が、トヨタのレクサスに乗りたいと言う。自分は韓国製自動車の運転手付きのリモジンカーに乗っているのに、である。このリモジンの内部スペースはレスサスより断トツ広く総革張りで豪華だ。何故かという質問の返答は、レクサスはメンテナンス費が殆ど必要無いからという事だった。
 とかく日本の自動車部品はオーバースペックで下請けの部品メーカー泣かせという悪評があるが、どうもこんなところが日本車の修理不要、長寿命の要となっている気がする。納入部品の仕様を満足させる事は大変かも知れないが、これがきっと日本の自動車産業が世界トップとなりつつある要因である気がする。大変であるのは判っているけれど、日本の生き残りの為にはがんばっていただきたい。三菱自動車もいずれ三・四年後には不死鳥の如く蘇るはずだ。職人先進国、日本の面目躍如を祈念したい。

「ジャパン フライ アゲイン」

 今春のアメリカの雑誌の見出しに書いてあった。昨秋から景気の再浮上がひしひしと感じられる。足下からじわじわと昇り来たる、体中にしみ渡る久々に感じる心地良い暖気だ。
 日本再飛翔、とでも訳すか、もう大丈夫、あまり急上昇せずゆっくりと時間をかけて上昇したいものだ。体質の悪い企業はあらかたは退場した。我々装置産業で言えば、財務体質が悪くなく、技術力、開発力のある会社が生き残った。しぶとく!を付け加えるべきだろう。素材費が高騰し、買占め傾向にあり、まさかあのトイレットペーパー・洗剤不足の二の舞を演じる事はないではあろうが、若干気になるところだ。買占めが物不足に拍車をかけつつある。冷静になって判断してもらいたい。
 今、十年来の苦節と努力が実り、蟠龍が飛龍となる。まさに ジャパンフライアゲインだ。
もう大丈夫、今年後半の貴社のご健闘をお祈りします。

 平成16年 正月

「重慶」
 2年ぶりに重慶を基点に商談に行ってきた。重慶の新市街の変貌ぶりは目を疑うばかりだ。高架の道路が錯綜し、この立体都市を見事なまでに近代化しつつある。空港周辺にじわじわと拡大する居住空間、4番目の直轄市は中国の奥地ではあるが確実に近代化への一途をたどっている。
 今回は一人で商談に乗り込んだ。重慶から高速道路で2時間の地方都市、空港まで迎えに出てくれるとの事と、英語のわかるスタッフが居るとの事で一人で行ってみた。向こうの中途半端な英語、こちらの片言の中国語、筆談で売り込みを図ったが、最近中国の商談が増加中でもあり、やはりこの5年位でもっと中国語が喋れる様にならなければと痛感したものだ。タクシーに乗ったり街の餃子屋で水餃子をつまみながら_酒(ビール)を一杯やったり(餃子はご飯と同じ主食なので、餃子だけ頼んでの一杯はいつも不思議な顔をされるのだが)するのに不自由はしなくなったが、もう少し商談が出来るようにならなければならないと実感した今回の出張である。

「上海」
 以前上海は虹橋(ホンチャオ)空港だけであったのが、国際線用の浦東(プードン)国際空港ができて、乗り継ぎがやっかいになってしまった。最近両空港間の移動にバスの方が良いのに気が付いた。安い・安心・正確・タクシーほどでは無いが頻繁、そして何よりも英語のわかるバスガイドが居る事と、オシボリ、ミネラルウオーターのサービス、肘掛の上げ下げといたれり尽くせりの気の使いよう。タクシーの比ではないのです。まさに中国は競争社会真っ只中を実感。

「外交下手」
 同じ中国の南の海岸部でとんでもない事件がおきた。珠海(チューハイと発音する)市だ。日本人三百余人が現地女性をほぼ同数ホテルに呼び込んだらしい。売春・買春は殆どの国では違法であり、本件は違法行為である事には間違いない。経緯からしてこの都市では通常この様な事は日常的だったのであろうが、かかわった総人数が常識の範囲を超えている。早速中国当局は「日本政府は日本男性の道徳教育をしっかりして欲しい」とコメント、これに対し川口外務大臣は「女性の尊厳を犯して、誠に遺憾」とコメントしてしまった。本件は強姦ではない、違法ではあるが、世界でもっとも古い商売の一つである売春・買春がビジネスとして完結したに過ぎない。双方合意だ(ただ数が多すぎた!)。「はい、本国は海外に旅行する男性の道徳教育をもっとしっかりやる事に努力しましょう。しかし貴国は、貴国で、貴国の若い女性が日本のすけべ男に、簡単にお金で体を売らない様にしっかり教育して下さい」とやってやれば一件引き分けで落着したんじゃないだろうか? とかく川口外務大臣は北朝鮮拉致被害者から評判が悪いが、今回の件で、やはりピントがずれている人なのかも知れないと思った次第です。

「続トイレ」
 先般、またインドに出張した際(何故か毎月の様に行っているわけなのですが)また新しい発見をした。国内線が五時間近く遅れてしまい、予定であれば正午の到着から五時間あまりの山岳ドライブで明るいうちに工場のゲストハウス到着の予定であったが、夕方五時からスタートしたものだから、到着は深夜になってしまった。インドの国内線が二・三時間遅れるのは毎度の事でさしてびっくりもしないが、五時間も空港で待ちぼうけを食わされるのは時間つぶしも大変な事だ。
 また、夜間の車の移動は事故の確率が高まるのであまりしたくはなかったが、翌日の商談時間を変えるわけにもいかず、インド人商社の連中と一緒に夜間ドライブの羽目になってしまった。途中三時間ほどは町から農村地帯の平坦なドライブで、後の半分は山岳地のハイキングコースさながらのドライブとなる。農村地に入ると、車道ぎりぎりで車道に向かって何人もしゃがんでいるのに出っくわす。はたから見ているといつ車が飛び込んでいってもおかしくないところで、一人で・あるいは連れだって老若男女目の前に水を入れた容器を用意してしゃがんでいる。言わずと知れた就寝前の大きい方のトイレットタイムである。
 前回記載した列車線路脇の朝の営みと、今回は予期せぬ夜間ドライブで幸運にも朝夕それぞれを観察するチャンスに巡りあう事ができたものだ。

 トイレは「しゃがみ」か「座り」の二種類だ。つい最近まで圧倒的にしゃがみ式だった日本のトイレも最近では座りの方が多くなってしまったようだ。腰のしっかりした伝統が失われてしまうことは寂しい。世界でいつごろから座り式トイレが出てきたのか面白いところだが、多分ヨーロッパだろう。足の長い彼らが長時間のしゃがみから立ち上がる困難が座り式トイレを考案させたに違いない。
世界を見回せばしゃがみが圧倒的に多いはずだ。アジア・インド・アフリカの殆どはしゃがみだ。北米も南米もオーストラリアも後から来たヨーロッパの連中の以前はしゃがみだったはずだ。かつてユーゴスラビアに行った時、ドライブインのトイレがしゃがみでびっくりしたことがある。ヨーロッパの一部ではまだしゃがみらしい。
 さて、日本のしゃがみと世界のしゃがみと同じしゃがみでも大きく違う点がある。日本の場合扉を開けそのままの向きでしゃがむのが常だが、他国のしゃがみは回れ右をして扉に向かってしゃがむ。今でもおおくの中国のトイレはオープントイレで、扉のない「大きい用」がけっこう普通だが、入って空いている所を見つけると先客と目が合いにらまれる事になる。言うまでもないが、回れ右するのは敵に対する安全のためだ。日本では安全よりは、用便中のあられもない姿を背中を向けてそそとやる優雅さの方が選択されたんだろうと勝手な想像をしているが、安全に対する実情が根本的に違っていたのだろう。最近は、私は中国の地方の工場の川流れ式オープントイレでしゃがむのにも慣れて来た。必要があればやむをえない。しかしかつてどこかの国の個室トイレで回れ右しないでしゃがんでやってしまい、事後のブツが何度流しても流れなくて往生した記憶をふと思い出しました。
 
「オートマ車・ミッション車」
 英語で言うオートモービルは日本語でもそのまま自動車だ。韓国もチャドンチャ、漢字表記で自動車である。中国では自動車は汽車である。(ちなみに列車の汽車は火車)中国に自動車が入ったのはかなり古くて蒸気式の自動車だったからであるのかどうか、ご存知の方があればお教えいただきたい。
 水が沸騰すると蒸気が発生し、これを閉塞した容器の中でやれば非常に高圧の圧縮蒸気が得られ、この圧縮体をシリンダーの片方の部屋に導けば大きな推力を得られる。ジェームスワットの蒸気機関だ。現在圧縮空気はコンプレッサーと言う機械を電力で回転させて得るのが普通であるが、そんな大掛かりな機械ではなく、やかんのお化けで高圧な気体を得られ、動力として活用しあの産業革命に導いたものである。今考えてみても、シリンダーを動かすのにコンプレッサーでは無く、薬缶に毛の生えた装置と火と水があればできるわけだから当時の何もなかった時代では画期的な動力源であったはずだ。少なくとも動力で圧縮する事は困難であったはずで、高圧蒸気はもっとも手軽に得られる高圧体であった。シリンダーの大きな推力はクランクとコネクションロッドの機構で回転運動に変換させ、あの蒸気機関車が開発される事になる。そもそも大きな動力は水車とか風車とか自然の流体から得ていたから誠にその日まかせで、蒸気機関は人間の自在にコントロールできる大変有利な動力源として内燃機関が開発されるまで多くの分野で活用された。大きな釜を石炭で常にたき続けなければならないと言う蒸気機関の最大のデメリットを解消したのがガソリンエンジンとディーゼルエンジンの内燃機関である。エンジンは始動後常に回り続けるため、この回転力を必要な時に動輪に伝えたり、停車時に接続を切る為にクラッチがあり、回転トルクと回転数を有効に動輪に伝え、スタート時や坂道での高トルクを得たり、走行時高速を得るため歯車のかみ合いをかえるミッションギア機構が組合わされた。ロー・セカンド・トップとシフト変換するたびにクラッチを入り切りする煩雑さが嫌われ、最近はノークラッチやオートマ車と総称されるトルクコンバーター車が圧倒的台数になった。ギアチェンジ式の車の生産量が減るにつれ、車の生産台数が増えてもミッションギア製造メーカーの成績が不振となって行った記憶が今でも脳裏に焼きついている。
 しかし常にすべりが介在するオートマ車の動力伝達効率よりも、がつんと噛み合うミッション伝達の方がエネルギーロスが無いに決まっており、燃費を向上させ二酸化炭素の発生量を削減させる目的の為に、ミッション車の見直しが大きなテーマになってきている様だ。簡単に言ってしまえば、トルクが減って速度が上がるにつれ、自動的にかつん、かつんと歯車が自動的に切り替われば良いだけの問題ではある。(実際に開発に従事され苦労されて居る方には大変失礼な言い様かもしれませんが)歯車メーカーの過去の不振挽回の大きなチャンスがまためぐり来たる気配である。さらに、かつんかつんと切り替えが身に感じられる様でも困り、これをスムーズにするには噛み合い比をもっと細かくしなければならず、そうなると6速、7速、8速と1台の車で必要となる歯車の数も増える。大変な生産量の増加も期待できるかも知れない。過去の遺物が周囲の条件の変化でまた最先端に返り咲く。あきらめずに違った道を模索して前に進む事が大事な様だ。まさに温故知新、となればプレスのシーラカンス、弊社のスクリュープレスも存外まだまだ活用の道が沢山あるかも知れないと意を強くする今日この頃です。そういえばミッション部品のシンクロギアーはスクリュープレスで沢山作っていた・・・。

「厳島・ニライカナイ」
 厳島神社の海にそびえる鳥居を見ると、沖縄のニライカナイ伝説をふと思い出してしまる。ニライカナイは想像の楽園で、大昔、ここから先祖が海を渡り沖縄に来島して国を作ったと言う物だ。沖縄は小さな島々の集合体であり、常に海と向かい合う必要のある人達は海洋民族でもある。島々のあちこちにある御嶽(うがん)は地元宗教の社であるが、ここでの祭事はノロと呼ばれる女性(大概が老婆)が取り仕切る。祭られているのはニライカナイの神であり、海からの豊穣を祈願する。厳島神社の鳥居を神社側から見ると、海からやってくる豊穣を迎えるにふさわしい造りで、沖縄の島伝いに北上した文化の匂いが濃厚にするのである。
 日本は海の向こうからあらゆる文物がやって来て混じりあって出来た国だ。遠くボルネオからフィリピン・台湾・沖縄を経てやって来た海洋文化もその一つ。ふんどしはこのルートからの文化で、ちなみに中国にも朝鮮半島にもふんどしは無い。太平洋を背中にしているが為、あらゆる文化伝播は日本を終点とした。異民族との大きな争いが無く文明の破壊が無かったので、ウエルカムした文化は大して変わる事なく存続した。呉音・明音など一つの漢字に読み方がたくさんあるのも、本家中国では戦いの都度に勝った側の発音が使われ、負けた側の発音は人々の消滅と共に消え去り、どんどん読み方が変わっていったものを、日本ではその都度新しい読みが輸入され、昔の読みも後生大事に使ったものだから、いつの間にか読みがたくさん出来てしまった。沖縄のさらに先の先島と呼ばれる石垣島近辺では小さな島毎に独自の文化があるとも聞いた記憶がある。ある島の風習を調べると日本の平安時代の風習がわかるらしい。島ごとの往来が少なく、いったん伝わった太古の風習が変わる事なく今の今までそのまま残っているからである。多くの文化の終着点として異民族との争い無く、長い間独特の発展を遂げた日本も、その先怒涛で何も無いと思っていた海から突如現れた、たった四杯の蒸気船で代表される欧米列強の植民地政策により開国し、大きく変貌して行く事になる。

「ベジ・ノンベジ」
 インドの飛行機での機内食サービスの際に、スチュワーデスから聞かれる言葉だ。料理トレーの減り具合からして見ると約三分の一がノンベジ、三分の二が菜食主義者ベジだ。工場の給食は公平を期して完璧なベジ、野菜だけ。まず手を洗い、直径四百ミリ・深さ五十ミリ程度の寸法のステンレス製の丸盆を自分で洗う。それにご飯を食べられるだけ直接盛り、小さなステンのお皿3から4個に各種カレーを入れ、そのカレーをご飯にかけて、基本的には右手でこね回して食べる。白いヨーグルトもあり、それとカレー・ご飯をごちゃごちゃに混ぜくって食べる様は圧巻としか言いようが無い。毎度の昼食はこのメニューから変わる事は無い。ベジ食には一切の肉・魚介類は無い。純ベジは卵も食べない。豆・穀類・野菜・チーズと乳製品だけである。かつてインドのマグドナルドがフライドポテトを揚げる油に風味を出す為に若干のラードを入れていたことが発覚し、大問題になった事がある。純ベジのインド人をお客様として迎えるのは例えようも無く大変だ。食事の時間帯になると頭が痛くなる。食べる喜びは人生の大きな幸せでもあるはずだが、肉・魚介類・卵がだめなら味わいの七十パーセント余りを放棄している事になる。人口の多い中国では過去、どんな材料でも食材として活用しなければ食いはぐれる可能性があり、不味い食材も美味に仕上げるマジックが各種中華料理として発達した。あらゆる材料をおいしく調理して賞味する、食べる為に働く食文化だ。日本人も、まさか犬や蛇やハクビシンまでは食べないが、馬も鹿も鯨も野鳥も食べる雑食民族だ。宗教的に豚を食べない、牛肉を食べない、野菜しか食べない人達の心理を我々は到底理解できないのである。異文化を理解するのは食事のたった一面だけでも大変な事を、広く海外へ出向いて行くと実感するのである。

「トルコ政府・日本政府」
 先日何かのテレビ番組で、イラン・イラク戦争の時イランに取り残された日本の企業戦士とその家族を、トルコ政府が取り残された日本人民間からの依頼に対する好意でトルコ航空機を特別に救援の為運行差し向けてくれて救出してくれた物を見た。当時の記憶は私もおぼろげながらに残っている。トルコ・イスタンブールは私も展示会出展で一度滞在した経験があるが、実に親日的な国だ。その番組は、なんでも過去紀伊半島沖で座礁したトルコ海軍の船員を日本の民間が手厚く介護した恩返しである趣旨も盛り混んであり、美談、そして恩返しと実に心打たれるノンフィクションなのではあるが、トルコ航空機が飛ぶ前早々に、日本政府は救援の中止を公式に決定し、イランに取り残された人々に通告したそうで、欧米各国が自国救援機を飛ばして自国民を救出するも、限定する座席数から自国民救出が優先で、日本人はそれら飛行機に乗る事を拒否された事実と絶望感を聞いた際、当時の無責任な日本政府の有り様に(今もそうでしょうが)、人知れぬ憤りを感じた次第です。

「二千六年」
 工作機械がこの年あたりに再度売り上げのピークを迎える予定であるとの発表があった。谷を終え、山に至るらしい。弊社も昨年の夏過ぎからじわじわ受注が増加してきた。この発表もうそでは無い感じがしてきている。主要鍛造業のお客様もかなり忙しい様だ。
二千四年、アテネオリンピックの年。北京はその四年後、それまで中国経済は上昇するに違いない。本年一年が皆様のご多忙の年になります様祈念申し上げます。

 平成15年 夏

「SARS」
 今回はやはりこれから書かなければならない。アジアを中心に世界中を震撼させた。かく言う私もえらい目にあった。四月中旬に北京で開催されたCIMT(中国国際工作機械見本市)出展のため、四月十五日から北京に滞在していたが、会期一週間とその前後の滞在を急遽三日に短縮して帰国した。会期初日と翌日帰国の日は北京ではマスクをしている人はほぼ皆無で皆のんきにしていたものが、その二日後位いからパニックになった様だ。小間のアテンドを依頼した受付の女の子からの電話で来場者数が激減し何もする事が無いという連絡が毎日入った。同時期開催の広州交易会も強行されたが、さすがに上海の自動車ショーは来場者数が少なく途中で打ち切りの止む無きに至ったらしい。帰国後の十日間はマスクの着用と身の回りの消毒、自宅では別室で生活、出張外出は自粛、会社ではあまり近寄らないようにと社員との接触を避け、誠に息苦しい一週間だった。ホテルにでも泊まったらとも言われたが、万一の迷惑を考えるとそれは出来なかった。家族には散々文句は言われたものだ。
 中国が自己に不利な情報を隠匿する事は、お国柄仕方がないと言えばそうであって、文化大革命の華々しい結果報道、人民公社には蝿は一匹も居ないなどという嘘っぱち宣伝、その影でおよそわからないほどの人々が餓死した事実等、過去の事例を十分認識した上で現在の経済大発展とそれへの業務上の関わりを慎重に見極める必要があるだろう。もちろんこの発展は後戻りせず、嫌がおうとも中国との関わりを避けるわけにはいかないが、このまますんなり行くのかどうか、私は大いに疑問がある。

「スイカ」
 JR東日本が最近出している、お金のチャージができる何度も使えるプリペイドチケットカードの名前だ。呼び名からして、西瓜のデザインも多用している。私は誰何(スイカ)つまりだれだか確認するかのカードなのかと思ったら、「スイスイカード」の略称との事でガクッとした次第です。

「お巡りさん大丈夫?」
 土曜日出勤した帰り、なんと自分の会社の構内に鍵をかけて置いておいた車が無くなっていた。薄暗くなってから持って行かれたらしい。一ヶ月後、事務所荒らしに遭い、現金は置いていないので持って行きようが無いが、ノートパソコン5台を持って行かれてしまった。高速の回数券や切手を持って行っているのでどのような連中か大体推測がつく。同夜近隣の事務所何軒かがやられた様だ。
 エンジンをかける部分にセキュリティーがついている新しい高級車は堂々とレッカーで吊って持っていってしまうらしい。アメリカや、ヨーロッパまでとは行かずとも、日本も自己で安全を管理しなければならない時代になった様だ。もっとも、過去の警察があまりにも優秀で、最近の警察がいよいよ世界標準レベルになったと考えるべきなのか。多くの殺人事件さえ未解決であるからこの程度の窃盗に警察が真剣になるはずは無いと、最初から諦めた。ほとんどの被害車は海をわたるのであるから港湾で調べはつくとは思うが、しっかりやっている様には思えない。周囲での被害増加を多く聞く。その割には高速道路の入り口ではシートベルト着用のチェックで警察官が立っていたり、下り坂の下で速度違反取締りをしていたりとか、セクション毎の縦割りでそうなっているのだろうが、何の優先順位が高いのか、お巡りさん、国民の信頼を損なわない様に!と切に思います。

「悔しいジャン」
 春の統一地方選挙、私の住む神奈川県の知事も改選となった。
 タレント知事の動性がとかくマスメディアで取りざたされる中、大方テレビのトークショーに出るあの騒がしい女性が当選するものと踏んでいたのだが、案に相違して当選に遠く及ばなかった。テレビという、公衆の面前での彼女のコメントの第一声が「悔しいジャン」である。その発言には知事候補者としての何の知性のかけらも感じられる事ができず、彼女がかつて大学で教授として教鞭をとっていたという事実からして、およそその生徒達がどんな教育を受けたのかという懸念、また、推されて某党の比例代表選の当選者として国会議員であった事実(もっとも、推されてなった議員職も、イタチの最後っ屁を放ち辞すという茶番劇も演じたものだが)を考えると、誠にお寒い現状を感じたものだ。
 神奈川県民の良識を感じた選挙結果であった。

「たそがれ清兵衛・阿弥陀堂だより」
 最近評判だった日本映画である。いずれもギトギトした成長期に流行る映画ではなく、これからどうやってひっそりと落ち着いて生活して行こうかと言った感じの映画である。
 たそがれの方は、幕末の東北地方にあった藩につかえるお蔵役五十石の下級武士、いわゆる平侍が主人公で、妻を労咳で亡くし、家には二人の幼い娘とボケた老母が居る。生活は苦しく、いわゆるアフターファイブも同僚との付き合いは一切断って家事と内職に励まなければならない毎日である。同僚達はそんあ彼をからかって「たそがれ清兵衛」と呼んでいる。自分の分限以上を望まず、かと言って仕官の道は捨てる気もなく、といった身の上ではあるが、剣術が使える事がわかり、つかえる藩のお家の騒動に否応なく担ぎ出されてしまうと言ったストーリーだ。面白いストーリーとは別に、何点か興味あるシーンがあった。内職しないと食べて行かれない平侍とは言え、下男下女が居る。箱膳でのおかゆの朝食のシーン、食事の後で御飯茶碗にお湯を注ぎ、箸でつかんだ漬物で茶碗をきれいに洗い、その湯をのんでから食器を箱膳にしまう。食器は洗わない。栄養になる物はすべてお腹に収めてしまい、ごみは出さず、環境も汚さない。夜なべの内職をしながら長女と論語の素読。長女と次女は毎日寺子屋へ行って勉強。現在の日本の発展につながった教育システムの充実と、当時の完璧なリサイクル社会を垣間見る事が出来る。餓死した農民が川に流され岸辺に着くシーンが二回ある。冷害での飢饉の時には農民には墓に葬る余力も無かったのか。主人公の妻は結核で死んでいる。お家騒動で対決する相手の使い手の娘も妻もそうだ。労咳と呼ばれた結核は当時不治の病。現代のSARSはもっと怖い。
 阿弥陀堂だよりは、腕のいい女医が主人公。直る見込みの無い癌患者ばかりを診、もちろん見送り、直す事の出来ないジレンマにふっと死んで行く人に魂を持って行かれそうになってしまう。流産のショックから精神不安定になり、売れない作家の夫の故郷である信州に引越しをする。山里の美しい村に帰った夫婦は阿弥陀堂に暮らす九十六歳の老婆を訪ねる。老婆の日々の生活を書き留め、村の広報誌に連載している声の出ない少女との出会い。
村の診療所でのパートタイム診療、自然に穏やかに無理なく人生を終えようとしている老人ばかりが患者だ。夫の恩師は胃がんだが、一切の医療を受けず、自然に寿命をまっとうする事を望み、亡くなって行く。豊かな自然の中、自然すぎる人の営みのなかで段々元気を取り戻す。声の出ない少女の咽頭の病気が悪化するが、地方都市の若い医師との連携で病気を抑える事に成功する。段々自身がつき、村の診療所も積極的に運営する元気が出てくる。そして最後に四十過ぎた自分に子供も授かってしまうという、ハッピーなストーリーだ。
 人は必ず死を迎えるのであるから、死の間際に関与する医師も希望が無い分大変な仕事である。無理なく寿命を迎えようとする田舎の老人。人生のラストをどういう方法で迎えるか、面白い映画だった。

「ベトナム北と南」
 弊社とベトナムとの取り組みも早十年を数えるばかりになった。現在ホーチミン市(旧サイゴン地区)は道路建設のラッシュで交通渋滞が極めて激しい。道路整備がある程度進めばバンコックの様に交通渋滞もそこそこ緩和されるのであろうが、現在はその前段階で、工事中の片側通行が渋滞に拍車をかけている。ウンカのごときオートバイの群れを掻き分け掻き分けクラクションを鳴らし続けながら自動車が前進する様は壮観である。これはまだ以前と大差はない光景だ。
 現在ホーチミンで些少の事業を立ち上げようと計画しており、その関連で七年ぶりにハノイを訪問し、その変貌ぶりにびっくりした。トヨタ・ダイハツ・ホンダ等はハノイ・ノイバイ空港に隣接する地区に工場を展開している。ハノイが首都であり政治の中枢である事と、重工業の基盤が比較的北に存在する事に配慮したものと想像する。七年前訪問した同地区の鍛造工場(国営の外科手術用具の製造がそもそもの母体で、手工具の鍛造と製造はそれから派生した。現在国営でなく民間企業になっている。七年前、日本の大手手術用針のメーカーから技術を導入していてびっくりした記憶がある)が、当時はペンチやスパナ等の手工具の鍛造を主体としていたものが、今回の訪問では二輪部品の鍛造を大きな比率でやっていてびっくりした。二年前からの事だそうだ。切削組み立てまで実施し、クランクとコンロッドの完成アッシーの販売まで至っている。ホーチミン市では中国から部品を輸入して二輪車を組み立てるノックダウンの工場があるそうで、二年前中国製オートバイ部品の輸入関税が大幅に増加した際に部品の現地調達化に移行させたのがきっかけの様だ。安価な中国製品に対し、ベトナム政府はかなりの牽制球を投げている様だ。もちろん地元製造業の技術レベルの向上に対し大きな期待が込められた思惑である事も事実で、いずれ日系の二輪メーカーへの部品供給も視野に入れている事も歴然とした事実として認識する必要があるだろう。タイ・インドネシア・フィリピン・マレーシア等の東南アジア諸国に出遅れた韓国の自動車が現在猛烈にベトナム市場を席巻しようとしているのは、走る韓国ブランドの自動車やトラックの数を見れば良く理解出来る。いずれ日本や欧米の自動車メーカーとのデッドヒートを繰り広げるのが目に浮かぶが、鍛造部品メーカーとしては系列にとらわれない大きな調達需要が期待できるのを十分認識しておく必要があるだろう。
 夕方、帰国の為、新装なったハノイ・ノイバイ国際空港へ向かう道すがら、ベトナムの紅い大地の彼方に赤い夕日が沈むのを眺めながら、ふとそんな事を思った次第です。

「インド、リサイクル世界」
 主要都市ばかりだったインドビジネスも、最近は地方での商談が増加してきた。(もっとも、弊社の機械はカシミールのスリナガル等にも販売実績がある。パキスタンとの紛争による危険地帯だ)飛行機ばかりとは行かないので、列車での移動も最近増えてきた。かつて高度成長期に日本でも列車事故が多発したが、最近のインドも事故が多く、家内は乗ってくれるなとは言うが選択肢が無く、仕方が無い。デリーから早朝に出発するの列車での旅はある意味で壮観だ。朝まだき、線路沿いの緑地帯は格好の天然トイレ。老若男女を問わず、ズボンを下げ、すそを手繰り上げこっちを向いたり後ろに向いたりで朝の健康な営みを大地に向かってしっかりとなさるわけだ。全員しゃがんだ目の前にはプラスティックの手桶がおいてある。仕上げのマニュアルウォシュレット用だ。インドは過去も現在もずーっとお尻にやさしいウォシュレット。紙が無いから台地に痕跡も残さない。暑いインドはすぐ乾燥するから、後からでも、毎日でも、その場でやって決して足を汚す事は無い。ところで、それを踏んでしまう前の話だが、天然トイレのあたりには大概野豚が歩き回っている。いやな想像はしたくないが、ここにも究極のリサイクル機能がありそうだ。インドのベーコンが実に美味なのは、放し飼いでしっかり運動しているほか、実は別にもなにか理由がありそうな推測をしているのである。

「国際化が進む韓国」
 ソウルの地下鉄は実にわかり易く乗りやすい。駅は番号で示され、最近アルファベットの他に、漢字表記が増えてきた。漢字といっても日本人用では無く、中国の簡略漢字だ。明らかに中国とのお付き合いの増加を意識しているが、日本人としては漢字が増えるのは大いに歓迎だ。韓国国鉄の特急セマウル号、社内放送は、まず韓国語、続いて英語、日本語、中国語となる。主要都市を網羅する高速バス、運転が荒く事故が多いので悪名も高いが、運転手によると英語の案内もする場合がある。しない運転手も居るので自己の判断でしているのだろうが、立派だ。仁川国際空港からソウル市内への主要駅へ向かうバスも最近中国漢字・英語表記、アナウンスも英語があり我々も使える様になった。韓国国鉄の特急列車の切符にはハングル文字と供にアルファベット表示もある。日本の新幹線の切符を外国人に渡し説明する時の困難さ(切符にはアルファベット表示が無い)を考えると実に日本の国際化への取り組みが遅れているかを実感するのである。日本の車掌に英語でアナウンスしろとまでは言わないが、なんで録音のアナウンスの際、日本語のついでに簡単な英語のアナウンスを入れておく事が出来ないのであろうか?新幹線切符の自動販売機のアナウンスもしかり。車掌だって、「次は東京駅です」のついでに「ネクスト・トーキョーステーション」とだけでも言ってくれれば外国人はどれだけ助かるかわからない。いい加減に「携帯電話の電源をお切り下さい」はやめて、その代わりにそうして欲しいものだ。
 国際化の遅れる日本、国際化を意識している韓国、大きな差が出ない内に対処する必要がある。扇さんわかってますか?

「朝鮮半島との往来と在日」
 仕事上の日本人の知り合いに韓国語がぺらぺらであるにもかかわらず、ハングル文字の読めない人が居る。在韓歴長く、なんでも韓国語を漢字に直して覚えたそうだ。多分韓国語を漢字表記してくれれば大方の日本人はその内容の八から九割は理解できるだろう。発音も酷似しているものがたくさんある。百済が新羅に破れた折、多数の百済人がたくさんの文化を携えて海を渡り日本に逃れて来た。当時は方言程度のレベルで日本人とも意思疎通できた様だ。在日一世、二世、三世と、地元日本人との血の混血が進むにつれ、彼ら自体が日本人を構成する重要な一部となり、半島人としてのアイデンティティーは薄れて行くことになる。そもそも優秀な文化・技術を持って来日した頭の良い彼らは、日本の各産業に於いて主導的な地位につき、日本文化の発展に貢献して行くのである。
 昭和時代に強制的に連行されて来た、在日の人々も、現在では三世から四世の年代に入り、やはり同じ様なパターンを踏襲しつつある感じがする。北という大きな問題を抱えつつも、日本国内に於いては、中東で見られるような民族間の救いがたい葛藤を見ることなく、やがてしっとりと融和して行く事になるのであろう。
 日本は、ファーイースト(遠東)のそのまた先の、極東の島国である。この島の先は猛り狂う黒潮があるだけであり、西から来るすべての文化は、沖縄の先から島伝いに、あるいは半島を経由しこの島国を終点とした。
十九世紀に入り、東から出現したペリーの艦隊が日本の新しい夜明けを迎えさせる迄、文化の終点地日本は独自の高い文化を育むのであるが、その高い教育レベルは明治維新から近代へと発展する日本の強い原動力となるのである。

「あきらめが肝心?」
 最近、イギリスの人形劇映画「サンダーバード」が再上映されている。千九百六十年代製作の物で、私も小学校時代に楽しみにして見ていたものだ。二十一世紀前半を想定して製作されたらしい。今見ても概ねまだ近未来画像ではあるが、テープレコーダーがオープンリールなのが可笑しい。現在はCDやDVD、デジタルの世界である。
 オープンリールのテープレコーダーが無くなったり、計算尺が無くなったり、ワープロが消えつつあるのもより便利な物が出現したからである。携帯電話は、腕時計やデジカメの分野にも進出し、多機能化はとどまるところを知らない。嗜好の変化で衣食住の部分にも変化淘汰が進んでいる。徳川三百年の様に鎖国をするわけには行かない。殆どの工業産業は現状に止まる事は衰退と滅亡を意味する。どうしても、たくさんの失敗を繰り返しながら前に進むしかない。最近はどうも最初からあきらめが肝心とチャレンジ放棄の傾向がある。そこそこでも良しとする傾向、映画たそがれ君の世界だ。失敗という面からすると、弊社は大変な優等生と自負している。毎日朝星夜星をモットーとして、日夜たゆまず前進しているところです。今年後半の貴社のご検討を祈念いたします。

 平成15年 正月

失われていない十年
  ノーベル賞のダブル受賞が、日本の、この十年を越える地道な最先端基礎技術の研究成果を如実に表してくれた。あぶく銭を扱っていた連中の、文字通りあぶくと消えたお金のお陰で日本の経済は依然混迷しているが、科学・工業の最先端研究の世界ではこの十年は決して失われた十年ではない。むしろ明るい未来を開拓する為の、じっと耐える地道な十年であったと言っても過言ではないだろう。新技術の実用化装置の開発では日本は世界の最先端を走っていると言っても過言ではない。このまま突っ走れば日本は大バケする可能性もある。人型ロボット・電気自動車の実用化研究は世界のトップレベルだ。GPS(いわゆるカーナビ)の装着率は日本がダントツなのではないだろうか。携帯電話にもナビゲーションシステムが装着してきている。最近の高級車では他車と接近すると近づき過ぎの警告を出してくれる。これらの技術開発の相乗効果は世界をガラリと変える可能性が十分ある。高速道路に入った後の自動運転システムはかなり早期に実用化できるだろう。子供の頃白黒テレビで見た鉄腕アトムの漫画でやっていた、あれだ。運転の腕を試したくて自動運転装置を解除すると即禁止の警告が出る。希望の出口まで自動運転されるから、脇見もできるし、昼寝もできれば食事もできる。速度違反もありえない。高速道路上の悲惨な交通事故は皆無となり、もちろん事故渋滞も、見物渋滞も無くなる。
  盲導犬は多くの手間暇かけて育成する必要があり、絶対数が足りないが、これも早晩ナビゲーションロボットにとって替わられる可能性がある。自宅の介護ロボットが外にでれば済む事だ。路上のインフラの整備が整えば極めて現実化できる可能性がある。健常者であっても、ロボットは自分の身体に対するガードマンとして使う事もできれば、不審者の侵入や火災発見の為に夜中中敷地内を巡回させる事も出来るといったわけだ。
  トヨタとホンダが電気自動車をお国に納めた。最終ターゲットは勿論ソーラーバッテリーカーである事に間違いはない。何十年か先には日本の石油の輸入は激減するか皆無となり、石油中心の世界戦略地図から日本は離脱する事になる。
  これら新技術を実現化する為には、あらゆる分野での更なる技術開発が山積み状態で待ち受けている。弊社がここ数年取り組んでいるマグネシウム材料も重要な課題だ。アルミの2/3の重さのマグネはロボットや自動車にとって必要不可欠な材料だが、強度・腐食・摩耗の問題や、加工技術の開発等実用化への課題が沢山ある。作る為の道路に国家予算を使うのと、これら新技術開発に使うのとどっちがいいか・・・

危機・甘え・覚悟
  そうは言っても現実の日本国内の経済の低迷は、製造業にとって危機的状態である事には変わりがない。昨年は多くの技術力のある老舗工作機械メーカーがいくつも倒産した。現状に多くの変化はない。基本的に日本ではもう物はそんなにいらないから物を作る為の設備は必要ないし、物も日本で作るのと同じレベルの物が中国等から安く入ってくるので、ますます日本で物を作る必要性が無くなっているわけだ。一回の製造ロット数は一万を越えると賃金が安い中国での製造を検討し、中国側も、おいでおいでをする。利潤の上がる仕事は二十四時間働いてもやる国だから少品種多量生産には向いている。反対に割の合わない仕事はやらない。そもそも会社というのは自分のお金を膨らませる目的で設立するわけだから世界的に見ればそれが常識で、あきらめの悪い日本の企業は極めて特殊なケースだ。とは言っても長年の職人根性で成長した日本の製造業は、前述した近未来の大バケする日本にとっては必要不可欠で、金銭度外視でへたばりつつもやるこの中小製造業をなんとしても生かさなければならない。不良率ゼロ・超多品種少量・工程削減・秘密特殊技術・新分野への展開、危機を打開する為の宿題は山積みであり、昼夜を問わず前進しなければならない。戦後の焼け野ガ原から立ち上がったファイトと覚悟が必要だ。もちろん土日返上、朝星夜星。リストラ中で社員が頑張って働いている平日に、のんびり懇親ゴルフをやっている甘ったれ社長の会社は早晩消失するのは間違いない。危機を危機として正確に捉えていない。そんな社長に限って政府の施策を大批判だ。批判の先が違うのではないか。甘えるばかりで覚悟が無い。

ビジネスエリア
  確か小学校の頃、東海道線(勿論在来線)にクリーム色の特急こだまがビジネス特急という売り文句でさっそうと登場した。東京・大阪を日帰り往復で仕事がこなせるといったわけだ。それでも多分片道四〜五時間かかったはずだ。
  四〜五時間と言うと、現在飛行機で大方の中国主要都市はカバー出来、フィリピンからベトナムあたりまでもカバー出来る、もう一時間足せばジャカルタ・シンガポール・マレーシア・バンコクが範囲にはいる。成田と言う、利用者の便を無視した間抜けた所にある空港まで要する時間を考慮から外せば、これら地域は昔の国内出張をするのと大差ない位置に存在する。それなりの自己のビジネスエリアとして考えるべきである。幸いこれらの国は過去の日本と同じく都市と地方の格差が大きく、都市部では一見近代的に見えるようであっても地方ではまだまだインフラが不十分であるし、物も十分ではない。需要が沢山ある。設備投資は金融危機後の停滞から完全に復帰した。だから中小企業も商圏をどんどん外に拡大すべきだ。工場も移していい。日本は設計部隊だけ残せばいいだろう。徳川三百年の間に鎖国により世界に稀な独特の文化を築いた日本も、その前は大航海時代でアジア各地に日本人町が出来、活発な経済交流を行っていた。そもそも日本民族にはボルネオあたりから島伝いに北上してきた海洋民族の血が受け継がれているから血筋はいい。やる気のある人は発展途上の地域に身を投じるのも面白い生き方だ。
  先日弊社機械をバンコックで据え付ける際に呼んだ重量物据付業者の親方は六十過ぎの日本人だった。ここ十年こちらでやっているそうだ。若いタイ人を十人ほど手先に使いてきぱきと機械を据え付けて組み立ててくれた。日本だったら交通整理のガードマンがいいとこか、下手をしたら地下道のホームレスの年齢だ。日本でリストラの対象に怯え、将来に確たる希望が持てず愚痴たらたらの不健康な生活より余程健康的だと思った。バンコックでは給料は少ないが生活費も安いから心配ない。きっと仕事が終わってアパートに帰ると、何十も歳の違った若いタイ人の彼女が夕食の準備をして待っててくれるのであろう!と、ふとその情景が目に浮かんだ次第です。

色めがね
  昨年の海外出張日数もここ数年来と同じく百二十日を越え、インド・タイ・インドネシア・シンガポール・マレーシア・ベトナム・中国・韓国とアジア地区中心に展示会や商談・機械据付立会い等で駆け回って来た。製造業であるから現場重視である必要があり、可能な限り自分の目で見て確かめている。だから完全に無視しているわけではないが、他人の目で見た結果の講演会はあまり積極的に参加していない。別の人という一つのフィルターがはいる事への危険がある。聞くと見るとは大違いの例えもあり、やはり自分の生業の責任は自分で取る事にしている。ただ色々な色の色めがねをかけて事象を見る事も心がけている。赤い字は赤色の眼鏡をかければ消えるから注意が必要だ。
  参謀がいくら優秀でも兵隊が役立たずであれば戦争は勝てないが、参謀がアホでも兵隊がしっかりしていれば戦いは勝てる可能性がある。やはり現場重視だ。後方で宴会を開いていては勝てない。本年一年のご健闘をお祈りします。

 平成14年 夏


ぬる湯・水風呂
  日本電産と言う会社は小型モーターのメーカーだが、しょっちゅう関連性のある他社の買収をする。それも技術があり将来性もあるのだが経営状況が思わしくない会社を狙う。買収後は特に自社の役員を派遣するでは無く、既存の役員と従業員を共々、浸かって居たぬる湯から引きずり出して水風呂にぶち込む。「会議は土日、移動は夜間」がモットーだそうだ。そうして赤字体質を黒字化へ転換させている。
 黒字化した日産自動車も、既存の役員仲間内ではついに出来なかった事が、何のしがらみも無いフランス人の社長を戴いた事が、今見れば最上の選択であったわけで、気持ちの良いぬる湯から厳しい現実の水風呂に誰がぶち込むのかが生き残りのキーポイントである。
  ただ、はっきり言って、最も水風呂にぶちこまなければならないのは政治家と役人だ。しかし誰にも出来ない。だからいずれ日本は破綻する。

どうせダメ
  ドイツで開催されたバドミントン・ドイツジュニア大会で、決勝戦に進んだ日本女子ダブルスの高校生コンビが、帰国航空券の変更が出来ないとの事情で決勝戦を棄権し帰国させられた、との報道があった。変更不可の格安航空券で経費節減したのは良いにしても、どうせ決勝戦に進める訳が無いとの推測で事前に帰国日を設定した様だ。
  生きる事は競争だ。動物でなく人間であるが故、富者は貧者に施しもし、技術協力もするが、原則弱肉強食であるには変わりが無い。一物一価の原則とその熾烈な価格競争に敗れているから今の日本経済はズタズタになっている。甲乙をつけず競争を排除する文科省の教育政策は根本的に間違っている。どうせダメ・・どうも文科省のポリシーはこんなレベルなんじゃないだろうか。子供たちが得べかりし教育の時間を削減するに他ならない学校の週休ニ日制など、彼らのやっている事は国の将来に大きな禍根を残す売国奴的行為だ。

タイ・インドネシア・ベトナム
  ノーマル航空券の価格が格安なので、インド・ベトナム・ミャンマー・インドネシア等に行くにもタイ経由にし、タイで航空券を買っている。下世話な推測もされるが、実際安いのだから仕方ない。
  タイの二輪・四輪の生産量は止まる事を知らない程増加しており、一部の自動車部品では二00五年までの生産確定数量が出て来た。グラフで右肩四十五度の増加だ。設備の稼動率は三直ほぼ百%、機械は止められない、故障が最も怖い、勿論増設もしている。かく言う弊社にも恩恵が出ている。
バンコック近郊に熱間鍛造部門を新設している会社があり訪問した。純タイ資本の会社だ。もはや日本では考えられない事だが、タイでは熱間鍛造を新たに始める会社がまだある。
  鍛造プレスも何台かすでに入って来ていたが全部ドイツの工場の休止設備を買い取った物だった。ヨーロッパの鍛造業も厳しそうだ。
インドネシアでも状況は同じ。こちらは結構見栄っ張りな国民性とかで、安くても中国製の二輪は敬遠されて日本製が良く売れるらしい。どちらも銀行からの借入がしやすくなった結果である様だ。特に四輪の価格は日本より高いので、ローンを組める事が販売の必須条件だが、タイもインドネシアも現地の金融機関に大分余裕が出来てきたのだろう。
  ベトナムで提携している工場の担当者へ送ったメールの返事がなかなか返ってこない。なんでも狂ったほどの忙しさで、納期を確保するのに土日返上毎日残業で、メールを見るのも大変な状況との事。

中国
  シンセンの展示会出品と、大連の機械据付で中国の東と西へ行って来た。片言の中国語は移動をしやすくするので学習(勉強は中国語で学習・シュエシ)しておくべきだ。商売にも大きくプラスだ。
  中国製造業の現状の大躍進は「儲かるから」の一語に尽きる。儲からない物、儲からない事はやらない。ここが彼らとの住み分けのキーポイントと見ている。

インド
  先日雑談中、「インドはやるやると言っても結局なにも変わらなかった。だからインドは悠久変わらず、カーストの下彼ら独自の変わる事がない歩みをするのではないか」という意見を伺い、猛反発した。確かにそれは十年頃前には当てはまったかも知れない。たとえば今も圧倒的多数を占める国産車アンバサダーは、三十年この方デザインはまったく変わって居ないが、それは注文して一年も待たなければ車が来なかったという社会主義体制時代の悪しき産物の結果だ。黙っていても註残が一年も二年もある状態では金のかかるモデルチェンジは誰もしない。そして三十年、技術的にあまりに遅れをとった事を知ったインドは現在大改革の真っ只中にあると言っても過言でない。弊社のプレスを沢山使って自動車用傘歯車を製造しているソナ・ステアリンググループのチェアマン、クマール氏は、「より快適な移動手段である自動車の製造はインドで最も重要な課題・・・」と言っていたが、、猛暑の中エアコンも無く、開けた窓から容赦無く入ってくる排気ガス、バネが固くごつごつの国産車での移動は苦痛以外の何物でもなかった事をかく言う弊員も実感として持っている。
  行く度にモダンな自動車が増えているが、多くは中型小型の日本車、アメリカ車、ヨーロッパ車そして韓国車だ。二輪もスペアタイヤをお尻につけたバジャジ社のスクーターがホンダやヤマハに急速に取って代わって来ている。二輪の増加は著しい。トラック・バスは依然昔のまま、これからだ。弊社も大型機の受注が相次いでいる。行って見てみないとわからないだろうから是非行く事をお勧めしたい。中国ではヨーロッパ勢に大きく水を開けられているが、インドではその轍を踏まない様にと、弊社も呼ばれればすぐ行く事にしている。タイ・インドネシア・ベトナムで免疫が出来ているせいか、弊員はインドでお腹をこわした経験が無い。

釜山の飛行機墜落事故
  四月十五日昼前、中国国際航空の旅客機が釜山・金海空港目の前の山に衝突した。同時刻同空港に到着予定の日本航空便に乗る予定であった弊員にとっては他人事とは思えない事故だった。釜山地方悪天候の為、日本発釜山行きの飛行機は総て欠航となり、同日仁川新空港経由で釜山に入ったのは自宅を出てから十七時間後の長い旅となった。長い内需不況により海外へ活路を求めている装置産業である弊社にとって、海外出張の数は増加の一途で、中国でもインドでも広大な大地を移動するには航空機に頼らざるを得ず、確率から言えばいつしか自分も綺麗に大空に散るのかなと、言葉からいえば華麗なものの、実際は大地に墜死する時は痛いのかなとふと思った次第です。

ソウル国際工作機械見本市
  名称にはソウルがついてはいるが、なんでもソウルの展示会場がサッカーワールドカップ開催の為プレスセンターだか何だかに使用され、今年は急遽釜山での開催となったとの事。
  今回弊社は初めて機械出展による参加をした。韓国は私にとって好きな国の一つでもあり、年に何回も商用で出張するが、ここ近年経済発展による余裕が強く感じられる。自動車や家電製品が格段に良くなった。ファッションも洗練され女性も綺麗になったし、豊富な食材、インフラの充実、何をとっても一先進国と感じられる様になった。お陰様で韓国車にも、弊社のプレスで鍛造した部品が組み込まれているのですが、日本車との競合を考えると少し複雑な気持ちです。

眠れる獅子
  かつて19世紀後半、中国を支配していた清朝は諸外国から眠れる獅子といって恐れられていた。しかし、イギリスは香港を、ドイツは青島を、ポルトガルはマカオを、ロシアは遼東半島をと続々と侵食を許し、果て又日清戦争後の日本の侵略は止まる事を知らず、ついに獅子は目を醒まし大きく吼える事なく清朝崩壊へと繋がって行った。
  そして今、世界が日本を見る目はまさに「眠れる獅子」だ。捕鯨では日本の農水省の担当者が丁丁発止と小気味良い対応をしてくれてはいるが、瀋陽にしても国連にしても、ODA拠出にしても、日本はちょっとつつけば引っ込んで、ろくに無い金も一生懸命借金して惜しみも無く出してくれる便利な国だ。経済大国とは言われても決して吼える事の無い張子の眠れる獅子日本。

生き残り
  最近とんと新幹線に乗っていない。国内での引き合いは無きに等しくなった。日本を支える中小製造業で、岡野工業とか、北島絞製作所、三吉工業等まだ元気の良い会社を紹介していかに生き残るべきか雑誌・報道にちょくちょく出て久しいが、学校で言えば一学年百人・二百人の内、トップの五〜六人とケツの五〜六人は放っておいても食って行ける。その近辺に居る連中も努力次第で何とかなる。問題は圧倒的多数の、五段階評価で言うと二から四に位置する企業だ。明日の米がそろそろ底をついて来ているのでどんな生き残り策も無いに等しい。
  技術一本の中小製造業の場合、大体が堅い仕事をしてきたので、店じまいもご迷惑がかからない様にと心がけるのが常道だ。貯金をここまで取り崩したらやめようというのが相場だろう。雪崩を打って一緒に壊滅という訳ではない。櫛の歯が抜けて行く様にというのが当りだ。決断を早めるのは後継者の不在もある。客先から単価は下げられ、毎日残業・土日も返上とやっても赤字なら息子に継げと言うのも酷な話だ。頑張ってここを乗り越えたとしても先々良くなるという希望が無いし、夢と希望を持ってと励ましても、旗振り応援だけでは土台無理な話だ。
  そもそも、成長期が終わり、物ほぼ揃い、目新しい物も乏しくなり、人口も減少へ向かう中、高度成長期の大量生産のやり方が通じるわけが無いし、物もそんなに売れるはずもないのが日本の現状だ。やはり企業数が減り就業の場が減少するのは避けて通れそうも無い。状況の劇的な変化に、国の政策も大きく変えて行かねばならないが、今の政治家と役人にはそれは出来ない。かつて七つの海に乗り出して各地に植民地を作り、現地の富を根こそぎ掻っ攫って隆盛を馳せたイギリス・スペイン・ポルトガル・オランダ・(フランスも)等の国々も、今は大きな成長も無く、かと言って食うに困るでも無く、そこそこ生活を楽しんでいる。特にイギリスはここに至る道筋の途中、ポンド紙幣は紙くずの様になる最悪の経験もしたが、鉄の女サッチャーの大鉈を振りかざした改革が現在のイギリスを取り戻した事は記憶に新しい。日本は出来ない、やれる人が居ない。
  生き残り・勝ち残りはすなわち半分以上の負け組みも出るという結末を生む。皆が頑張って相乗効果で全部が助かるという甘い見込みは無い。国全体から見れば混乱は避けられそうも無い。
  学校はもってのほかだが、企業の週休二日もやめる時期だ。呆けた労働省に何を言っても無駄だろうが、現状の厳しさからすると「朝星・夜星」・会議は土日・移動は夜間。その位やっても生き残りは困難だ。健闘を祈ります。

 平成14年 正月

地獄の釜
 二十一世紀にはいったが、新世紀の明るい希望とは裏腹にまさに地獄の釜の蓋が開いた感がある。
  始末をつける必要のない責任のない評論家の、これまたいい加減な予測推測にもいい加減に付き合いきれなくなった昨今の厳しい状況だが、予測の域を出て確実に断言できる事がいくつかある。企業の倒産や廃業の増加と失業者の増加もその一つだ。手堅い仕事をしていた顧客が、昨年何件も廃業した。手堅かったが故に、他人様にご迷惑をかける前に自主的におやめになったと言う事だろう。「元気を出して、しばしこらえて、頑張って!」とはげまされても、「もう米櫃の底が見え始めてます」といった企業がどんどん増えているのが現況だ。いくら励ましを受けても尻をたたかれても、調子の良い事を言われても、「大本営陸海軍部発表」としか聞こえなくなった。そして「行け満蒙開拓団」ときている。人件費の大差から産業の多くが日本を見限り、どんどん中国へ移動している。家電どころかオートバイも輸入らしい。次は四輪の番だ。出て行ったはいいが、もしかするといずれ又、先に経験した様に良くて身一つで戻ってくる事になるのであろうか。歴史は繰り返すと言う言葉がある。

ご破算
  上杉鷹山の改革を書いた本がある。上杉米沢藩は関が原の合戦で西側についたが為会津百二十万石から米沢三十万石に減封され、その際家臣の人員整理をせずそっくり召抱えを続けた。歳入が四分の一に減少したわけだから当然の帰結として赤字と借金の増加となった。謙信以来の名家でもあり、出費を減らそうにも誰もそれが出来ない。北に位置し冷夏の影響を受けやすい米沢では税収(年貢米)に変動を受けやすい。赤字の対処療法として採った年貢米の増加は農民を疲弊させ、他領への逃散を招き税収の落ち込みに輪をかけた。これで完全に「餓え過ぎ家」となったわけだが、どっかで聞いた事のある話ではなかっただろうか?
  売上が減れば赤字を回避する為に支出を減らす。社員を整理したり給与支給額を減額して人件費を減らす。不採算事業を辞める。不要資産を売却する。倒産という紛れもない現実があるから必死に対処する。税収の落ち込みが続く現在、国家予算も当然その様にすべきである事が誰にでも明白であるはずなのに、推進しなければならない構造改革は、今の政治家の言動を見る限り多分出来ないだろう。民間企業では賞与も出ず、給与も遅配があるというのに、不公平極まりない。
  なんでこんな事が許されるのか!天を仰ぎ、地を叩き怒号しても、官僚・政治家には届かない。船が傾き、ひたひたと足元まで海水が忍び寄って来ているというのに、きっと彼らは体が水に浮くまで足元のショバ争いを続ける気なのだろう。
  過去庶民の資産は何度となくご破算となっている。幕末、藩札の類はただの紙切れになったし、先の戦後も貨幣の価値が2桁も変わってしまって資産は召し上げられた。赤字対処の国債の乱発は、いずれまた借金の棒引きという、国民の資産を召し上げる事によって清算されるのであろう。

ヨーロッパの機械ショー
  九月、あのテロ事件の直後にドイツ・ハノーバーで開催された欧州最大の機械見本市EMOショーを見てきた。自動車に限っては昨年のドイツは非常な活況であった様で、生産台数も遠く日本には及ばずとも五百万台を越え、記録を作った様だ。鍛造用プレスに関してはあまり調子良くなさそうで、あるドイツのメーカーはそれぞれ特色のあるプレス関連装置メーカーを六〜七社買収、そしてここで三千人以上いる社員の八割近くもリストラする計画があるらしい。物が売れないのでグループ化して人員を削ぎ落とし、それでもなお食えないので整理をする状況らしい。懇意なイタリアのプレスメーカーの社長は、アイデアを出して新規開発をしても売れ行きがパッタリだと、通常安価な機械で攻勢をかけ、お調子者の多いイタリア勢も珍しく弱音を吐いていたのが印象的だった。ヨーロッパも厳しくなって来ている様に感じられた。

アジア
  アメリカの景気動向の影響を受けるのでアジア諸国の現状も厳しいものがある。しかし浮き沈みはあるだろうが、物すべて満ち足りているのではないから国内需要は潜在的に存在する。安価な中国製品がその需要をキャッチアップしつつあるのも現実だ。たとえば二輪車は、日本デザイン・東南アジアの地元製の物が安価な中国製に押されている。ミャンマーでは国境を越えて中国製品が入ってくるので、単純簡単な基礎工業の発展も図れないという深刻な問題も抱えている。新規需要の無くなった日本から出て、アジア諸国での商売にウエイトを高めなければ生き残りを図れない日本だが、大国中国と商才に長けたチャイニーズとの関わりは避けて通れない。負けてなるものか。
  大きな話題として取り上げられないが、インドもまた動いている。弊社も二輪の部品製造用としてインド向けに注残があるが、決まるのも早かった。桁違いの財閥があるし、インド人技術者は優秀だし良く働く。労働省のおかしな政策ですっかりふやけてしまった日本人労働者とは対象的だ。

新規需要
  たとえば、太陽電池だけで動く自動車とか、高速道路での自動運転システム、癒しロボット・介護ロボット・ガードマンロボット・愛人ロボット等各種ロボット、そのほか色々の新技術が実現化するのもこの十年とか二十年の間の問題になって来つつある。しかしそれまでの間に画期的な新需要を惹起する何かがあるかと言えば、疑問符が付く。
  高度成長期にあったここ五十年の間、新製品が次々に出現し生活を豊にし、産業も拡大した。あらゆる品々が行き渡り高度成長が終わりつつある現在の日本で、成長期にアメーバの如く増えつづけた会社がどんどんと消滅しているのは自然の成り行きでもある。栄枯盛衰の自然の摂理だ。当面画期的な新規需要が望めそうもないという前提からそれぞれの企業は生き残りを図らなければならない。
 スーパーカミオカンデの実験装置のメンテナンスの際、一万一千個程あるセンサーの約半分が壊れてしまった。なんでもその一個が三十万円以上もするという事で、センサーの総数だけでも三十三億円以上もするのが、なんとそれが静岡県の某H社だけでしか製造できないと言う事で、一方ではとんだ不幸ではあったが、他方ではビッグビジネスがまたまた転がり込んだわけで、下世話な弊員としては思わず羨望してしまったところだ。そこに至るには多額の開発費を要したであろうから、三十万円が安いのか高いのか簡単に決めてはいけないのだろうが、しかし今後の企業の生き残る道の一つはオンリーワンであるべきである事は言うまでも無い。高度技術・多品種少量・高精度・工程削減・省エネ・高寿命等が今後の日本企業の開発テーマになり、それをもっての海外展開の二本柱で万全を期すべきであると思っている。やはり海の外へ出ないといけない。

ハードランディング
 現在の政治家のやり様を見ていると、ソフトランディングはもう望むべくもなく、否応無くハードランディングせざるを得ない状況となりつつある様だ。多くの民間企業にはもう余力がわずかしか残っていない。しかし最後まで希望は捨てないで!地獄の釜の中で運命の女神が微笑んでいるかも知れない。今年一年の御健闘を祈ります。