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世相

平成15年 夏

  • 2003年08月

「SARS」
 今回はやはりこれから書かなければならない。アジアを中心に世界中を震撼させた。かく言う私もえらい目にあった。四月中旬に北京で開催されたCIMT(中国国際工作機械見本市)出展のため、四月十五日から北京に滞在していたが、会期一週間とその前後の滞在を急遽三日に短縮して帰国した。会期初日と翌日帰国の日は北京ではマスクをしている人はほぼ皆無で皆のんきにしていたものが、その二日後位いからパニックになった様だ。小間のアテンドを依頼した受付の女の子からの電話で来場者数が激減し何もする事が無いという連絡が毎日入った。同時期開催の広州交易会も強行されたが、さすがに上海の自動車ショーは来場者数が少なく途中で打ち切りの止む無きに至ったらしい。帰国後の十日間はマスクの着用と身の回りの消毒、自宅では別室で生活、出張外出は自粛、会社ではあまり近寄らないようにと社員との接触を避け、誠に息苦しい一週間だった。ホテルにでも泊まったらとも言われたが、万一の迷惑を考えるとそれは出来なかった。家族には散々文句は言われたものだ。
 中国が自己に不利な情報を隠匿する事は、お国柄仕方がないと言えばそうであって、文化大革命の華々しい結果報道、人民公社には蝿は一匹も居ないなどという嘘っぱち宣伝、その影でおよそわからないほどの人々が餓死した事実等、過去の事例を十分認識した上で現在の経済大発展とそれへの業務上の関わりを慎重に見極める必要があるだろう。もちろんこの発展は後戻りせず、嫌がおうとも中国との関わりを避けるわけにはいかないが、このまますんなり行くのかどうか、私は大いに疑問がある。

「スイカ」
 JR東日本が最近出している、お金のチャージができる何度も使えるプリペイドチケットカードの名前だ。呼び名からして、西瓜のデザインも多用している。私は誰何(スイカ)つまりだれだか確認するかのカードなのかと思ったら、「スイスイカード」の略称との事でガクッとした次第です。

「お巡りさん大丈夫?」
 土曜日出勤した帰り、なんと自分の会社の構内に鍵をかけて置いておいた車が無くなっていた。薄暗くなってから持って行かれたらしい。一ヶ月後、事務所荒らしに遭い、現金は置いていないので持って行きようが無いが、ノートパソコン5台を持って行かれてしまった。高速の回数券や切手を持って行っているのでどのような連中か大体推測がつく。同夜近隣の事務所何軒かがやられた様だ。
 エンジンをかける部分にセキュリティーがついている新しい高級車は堂々とレッカーで吊って持っていってしまうらしい。アメリカや、ヨーロッパまでとは行かずとも、日本も自己で安全を管理しなければならない時代になった様だ。もっとも、過去の警察があまりにも優秀で、最近の警察がいよいよ世界標準レベルになったと考えるべきなのか。多くの殺人事件さえ未解決であるからこの程度の窃盗に警察が真剣になるはずは無いと、最初から諦めた。ほとんどの被害車は海をわたるのであるから港湾で調べはつくとは思うが、しっかりやっている様には思えない。周囲での被害増加を多く聞く。その割には高速道路の入り口ではシートベルト着用のチェックで警察官が立っていたり、下り坂の下で速度違反取締りをしていたりとか、セクション毎の縦割りでそうなっているのだろうが、何の優先順位が高いのか、お巡りさん、国民の信頼を損なわない様に!と切に思います。

「悔しいジャン」
 春の統一地方選挙、私の住む神奈川県の知事も改選となった。
 タレント知事の動性がとかくマスメディアで取りざたされる中、大方テレビのトークショーに出るあの騒がしい女性が当選するものと踏んでいたのだが、案に相違して当選に遠く及ばなかった。テレビという、公衆の面前での彼女のコメントの第一声が「悔しいジャン」である。その発言には知事候補者としての何の知性のかけらも感じられる事ができず、彼女がかつて大学で教授として教鞭をとっていたという事実からして、およそその生徒達がどんな教育を受けたのかという懸念、また、推されて某党の比例代表選の当選者として国会議員であった事実(もっとも、推されてなった議員職も、イタチの最後っ屁を放ち辞すという茶番劇も演じたものだが)を考えると、誠にお寒い現状を感じたものだ。
 神奈川県民の良識を感じた選挙結果であった。

「たそがれ清兵衛・阿弥陀堂だより」
 最近評判だった日本映画である。いずれもギトギトした成長期に流行る映画ではなく、これからどうやってひっそりと落ち着いて生活して行こうかと言った感じの映画である。
 たそがれの方は、幕末の東北地方にあった藩につかえるお蔵役五十石の下級武士、いわゆる平侍が主人公で、妻を労咳で亡くし、家には二人の幼い娘とボケた老母が居る。生活は苦しく、いわゆるアフターファイブも同僚との付き合いは一切断って家事と内職に励まなければならない毎日である。同僚達はそんあ彼をからかって「たそがれ清兵衛」と呼んでいる。自分の分限以上を望まず、かと言って仕官の道は捨てる気もなく、といった身の上ではあるが、剣術が使える事がわかり、つかえる藩のお家の騒動に否応なく担ぎ出されてしまうと言ったストーリーだ。面白いストーリーとは別に、何点か興味あるシーンがあった。内職しないと食べて行かれない平侍とは言え、下男下女が居る。箱膳でのおかゆの朝食のシーン、食事の後で御飯茶碗にお湯を注ぎ、箸でつかんだ漬物で茶碗をきれいに洗い、その湯をのんでから食器を箱膳にしまう。食器は洗わない。栄養になる物はすべてお腹に収めてしまい、ごみは出さず、環境も汚さない。夜なべの内職をしながら長女と論語の素読。長女と次女は毎日寺子屋へ行って勉強。現在の日本の発展につながった教育システムの充実と、当時の完璧なリサイクル社会を垣間見る事が出来る。餓死した農民が川に流され岸辺に着くシーンが二回ある。冷害での飢饉の時には農民には墓に葬る余力も無かったのか。主人公の妻は結核で死んでいる。お家騒動で対決する相手の使い手の娘も妻もそうだ。労咳と呼ばれた結核は当時不治の病。現代のSARSはもっと怖い。
 阿弥陀堂だよりは、腕のいい女医が主人公。直る見込みの無い癌患者ばかりを診、もちろん見送り、直す事の出来ないジレンマにふっと死んで行く人に魂を持って行かれそうになってしまう。流産のショックから精神不安定になり、売れない作家の夫の故郷である信州に引越しをする。山里の美しい村に帰った夫婦は阿弥陀堂に暮らす九十六歳の老婆を訪ねる。老婆の日々の生活を書き留め、村の広報誌に連載している声の出ない少女との出会い。
村の診療所でのパートタイム診療、自然に穏やかに無理なく人生を終えようとしている老人ばかりが患者だ。夫の恩師は胃がんだが、一切の医療を受けず、自然に寿命をまっとうする事を望み、亡くなって行く。豊かな自然の中、自然すぎる人の営みのなかで段々元気を取り戻す。声の出ない少女の咽頭の病気が悪化するが、地方都市の若い医師との連携で病気を抑える事に成功する。段々自身がつき、村の診療所も積極的に運営する元気が出てくる。そして最後に四十過ぎた自分に子供も授かってしまうという、ハッピーなストーリーだ。
 人は必ず死を迎えるのであるから、死の間際に関与する医師も希望が無い分大変な仕事である。無理なく寿命を迎えようとする田舎の老人。人生のラストをどういう方法で迎えるか、面白い映画だった。

「ベトナム北と南」
 弊社とベトナムとの取り組みも早十年を数えるばかりになった。現在ホーチミン市(旧サイゴン地区)は道路建設のラッシュで交通渋滞が極めて激しい。道路整備がある程度進めばバンコックの様に交通渋滞もそこそこ緩和されるのであろうが、現在はその前段階で、工事中の片側通行が渋滞に拍車をかけている。ウンカのごときオートバイの群れを掻き分け掻き分けクラクションを鳴らし続けながら自動車が前進する様は壮観である。これはまだ以前と大差はない光景だ。
 現在ホーチミンで些少の事業を立ち上げようと計画しており、その関連で七年ぶりにハノイを訪問し、その変貌ぶりにびっくりした。トヨタ・ダイハツ・ホンダ等はハノイ・ノイバイ空港に隣接する地区に工場を展開している。ハノイが首都であり政治の中枢である事と、重工業の基盤が比較的北に存在する事に配慮したものと想像する。七年前訪問した同地区の鍛造工場(国営の外科手術用具の製造がそもそもの母体で、手工具の鍛造と製造はそれから派生した。現在国営でなく民間企業になっている。七年前、日本の大手手術用針のメーカーから技術を導入していてびっくりした記憶がある)が、当時はペンチやスパナ等の手工具の鍛造を主体としていたものが、今回の訪問では二輪部品の鍛造を大きな比率でやっていてびっくりした。二年前からの事だそうだ。切削組み立てまで実施し、クランクとコンロッドの完成アッシーの販売まで至っている。ホーチミン市では中国から部品を輸入して二輪車を組み立てるノックダウンの工場があるそうで、二年前中国製オートバイ部品の輸入関税が大幅に増加した際に部品の現地調達化に移行させたのがきっかけの様だ。安価な中国製品に対し、ベトナム政府はかなりの牽制球を投げている様だ。もちろん地元製造業の技術レベルの向上に対し大きな期待が込められた思惑である事も事実で、いずれ日系の二輪メーカーへの部品供給も視野に入れている事も歴然とした事実として認識する必要があるだろう。タイ・インドネシア・フィリピン・マレーシア等の東南アジア諸国に出遅れた韓国の自動車が現在猛烈にベトナム市場を席巻しようとしているのは、走る韓国ブランドの自動車やトラックの数を見れば良く理解出来る。いずれ日本や欧米の自動車メーカーとのデッドヒートを繰り広げるのが目に浮かぶが、鍛造部品メーカーとしては系列にとらわれない大きな調達需要が期待できるのを十分認識しておく必要があるだろう。
 夕方、帰国の為、新装なったハノイ・ノイバイ国際空港へ向かう道すがら、ベトナムの紅い大地の彼方に赤い夕日が沈むのを眺めながら、ふとそんな事を思った次第です。

「インド、リサイクル世界」
 主要都市ばかりだったインドビジネスも、最近は地方での商談が増加してきた。(もっとも、弊社の機械はカシミールのスリナガル等にも販売実績がある。パキスタンとの紛争による危険地帯だ)飛行機ばかりとは行かないので、列車での移動も最近増えてきた。かつて高度成長期に日本でも列車事故が多発したが、最近のインドも事故が多く、家内は乗ってくれるなとは言うが選択肢が無く、仕方が無い。デリーから早朝に出発するの列車での旅はある意味で壮観だ。朝まだき、線路沿いの緑地帯は格好の天然トイレ。老若男女を問わず、ズボンを下げ、すそを手繰り上げこっちを向いたり後ろに向いたりで朝の健康な営みを大地に向かってしっかりとなさるわけだ。全員しゃがんだ目の前にはプラスティックの手桶がおいてある。仕上げのマニュアルウォシュレット用だ。インドは過去も現在もずーっとお尻にやさしいウォシュレット。紙が無いから台地に痕跡も残さない。暑いインドはすぐ乾燥するから、後からでも、毎日でも、その場でやって決して足を汚す事は無い。ところで、それを踏んでしまう前の話だが、天然トイレのあたりには大概野豚が歩き回っている。いやな想像はしたくないが、ここにも究極のリサイクル機能がありそうだ。インドのベーコンが実に美味なのは、放し飼いでしっかり運動しているほか、実は別にもなにか理由がありそうな推測をしているのである。

「国際化が進む韓国」
 ソウルの地下鉄は実にわかり易く乗りやすい。駅は番号で示され、最近アルファベットの他に、漢字表記が増えてきた。漢字といっても日本人用では無く、中国の簡略漢字だ。明らかに中国とのお付き合いの増加を意識しているが、日本人としては漢字が増えるのは大いに歓迎だ。韓国国鉄の特急セマウル号、社内放送は、まず韓国語、続いて英語、日本語、中国語となる。主要都市を網羅する高速バス、運転が荒く事故が多いので悪名も高いが、運転手によると英語の案内もする場合がある。しない運転手も居るので自己の判断でしているのだろうが、立派だ。仁川国際空港からソウル市内への主要駅へ向かうバスも最近中国漢字・英語表記、アナウンスも英語があり我々も使える様になった。韓国国鉄の特急列車の切符にはハングル文字と供にアルファベット表示もある。日本の新幹線の切符を外国人に渡し説明する時の困難さ(切符にはアルファベット表示が無い)を考えると実に日本の国際化への取り組みが遅れているかを実感するのである。日本の車掌に英語でアナウンスしろとまでは言わないが、なんで録音のアナウンスの際、日本語のついでに簡単な英語のアナウンスを入れておく事が出来ないのであろうか?新幹線切符の自動販売機のアナウンスもしかり。車掌だって、「次は東京駅です」のついでに「ネクスト・トーキョーステーション」とだけでも言ってくれれば外国人はどれだけ助かるかわからない。いい加減に「携帯電話の電源をお切り下さい」はやめて、その代わりにそうして欲しいものだ。
 国際化の遅れる日本、国際化を意識している韓国、大きな差が出ない内に対処する必要がある。扇さんわかってますか?

「朝鮮半島との往来と在日」
 仕事上の日本人の知り合いに韓国語がぺらぺらであるにもかかわらず、ハングル文字の読めない人が居る。在韓歴長く、なんでも韓国語を漢字に直して覚えたそうだ。多分韓国語を漢字表記してくれれば大方の日本人はその内容の八から九割は理解できるだろう。発音も酷似しているものがたくさんある。百済が新羅に破れた折、多数の百済人がたくさんの文化を携えて海を渡り日本に逃れて来た。当時は方言程度のレベルで日本人とも意思疎通できた様だ。在日一世、二世、三世と、地元日本人との血の混血が進むにつれ、彼ら自体が日本人を構成する重要な一部となり、半島人としてのアイデンティティーは薄れて行くことになる。そもそも優秀な文化・技術を持って来日した頭の良い彼らは、日本の各産業に於いて主導的な地位につき、日本文化の発展に貢献して行くのである。
 昭和時代に強制的に連行されて来た、在日の人々も、現在では三世から四世の年代に入り、やはり同じ様なパターンを踏襲しつつある感じがする。北という大きな問題を抱えつつも、日本国内に於いては、中東で見られるような民族間の救いがたい葛藤を見ることなく、やがてしっとりと融和して行く事になるのであろう。
 日本は、ファーイースト(遠東)のそのまた先の、極東の島国である。この島の先は猛り狂う黒潮があるだけであり、西から来るすべての文化は、沖縄の先から島伝いに、あるいは半島を経由しこの島国を終点とした。
十九世紀に入り、東から出現したペリーの艦隊が日本の新しい夜明けを迎えさせる迄、文化の終点地日本は独自の高い文化を育むのであるが、その高い教育レベルは明治維新から近代へと発展する日本の強い原動力となるのである。

「あきらめが肝心?」
 最近、イギリスの人形劇映画「サンダーバード」が再上映されている。千九百六十年代製作の物で、私も小学校時代に楽しみにして見ていたものだ。二十一世紀前半を想定して製作されたらしい。今見ても概ねまだ近未来画像ではあるが、テープレコーダーがオープンリールなのが可笑しい。現在はCDやDVD、デジタルの世界である。
 オープンリールのテープレコーダーが無くなったり、計算尺が無くなったり、ワープロが消えつつあるのもより便利な物が出現したからである。携帯電話は、腕時計やデジカメの分野にも進出し、多機能化はとどまるところを知らない。嗜好の変化で衣食住の部分にも変化淘汰が進んでいる。徳川三百年の様に鎖国をするわけには行かない。殆どの工業産業は現状に止まる事は衰退と滅亡を意味する。どうしても、たくさんの失敗を繰り返しながら前に進むしかない。最近はどうも最初からあきらめが肝心とチャレンジ放棄の傾向がある。そこそこでも良しとする傾向、映画たそがれ君の世界だ。失敗という面からすると、弊社は大変な優等生と自負している。毎日朝星夜星をモットーとして、日夜たゆまず前進しているところです。今年後半の貴社のご検討を祈念いたします。

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