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世相

平成13年 正月

  • 2001年01月

「シカゴショーとIT革命」
 昨年九月、北米最大の機械見本市シカゴショーに参加してきた。板金加工機械(タレットパンチプレス・レーザーカッティング・プレスブレーキなど)の売れ行きが四割増から倍増し、売る玉が不足していると日本のプレスメーカーの現地駐在員が頭から湯気を出していた。筐体、いわゆる箱物が不足している。それらの箱は光通信の中継ボックスだ。コンピューター普及世界一のアメリカでワイヤーケーブルがどんどん光ファイバーのケーブルに置き換わっている。いわゆるIT革命。その恩恵が諸工業に波及しているのを眼のあたりにした。
 展示会でカタログは積んでおいても持って行かない。紙質が良く装丁が立派な物ほど持って行かない。持って行くのはポケットにはいるCDだけだ。日本や発展途上国の展示会の様に、カタログがぎっしり詰まった紙袋を両手に下げて汗だくにフーフーいっている連中は居ないのである。昨年秋に開催されたアジア地区最大の日本国際工作機械見本市(東京・有明で開催)でもカタログ配布をCDに替える出展社が増えていた。いずれオムロンや松下等の厚さ五センチも十センチもある部品カタログ集もCDやホームページに置き換わって行くと見て間違いない。ホームページであれば部分訂正や追加記載はオンタイムで出来、カタログ製作数や在庫の心配がまったくなくなる。貰う側もカタログコーナーのスペースが不要となり本棚もすっきりとする。古いカタログを捨てる手間も無くなる。必要なデーターはホームページから必要な部分だけをプリントアウトすれば済む。会社案内なども同じだ。しょっちゅう変わる役員や資本金に、在庫品に切ったり貼ったりみっともない事をする事も無くなる。カタログ類のCD化とホームページの開設は時代の要請だ。企業活動を継続するには待ったなしと見た。

「何と言ってもアメリカは自由でアクティブ」
 とやかく言われるが、依然アメリカはアクティブでもあり無邪気だ。展示会閉館間際には、大の大人が館内でフリスビーを始めたり、紙飛行機を飛ばしたりする。どこの製品でもよいものであり適正な価格であれば偏見なく買ってくれる懐の広い自由の世界だ。ただし、自由のベースにある義務と責任の存在を忘れてはいけない。不良品を出して重大な事故に発展でもすれば、会社が簡単に吹っ飛ぶほど金銭的に叩かれる。この国にまあまあは無い。
 義務と責任と言えば、自分と家族を守ることは個々の責務の範疇と考えるお国だ。それはこの国が出来上がる過程からそうであったから仕方が無い。保安官が総て安全を保証してくれると言う事はまったく無かった。やる気が無かったり、悪とつるんだり、はてまた陪審員を抱きこんで裁判の判決に手加減を加えたりと。こうなればやはりドスンと一発自分で拳銃を打ち込んで自分を守るしかなかった。今強盗に襲われたとして、「お巡りさん助けて」と叫んでもそこに警官が居る確立は限りなくゼロに近い。だから、アメリカから銃を無くそうという運動が実を結ぶはずはない。アメリカから銃が無くなる事は絶対有り得ない。この国では義務と責任、その結果得られる自由の概念は徹底している。
 展示会開始から数日後、奇妙な事に気が付いた。出展社側も見学側も黒人の数が一%にも満たない。かと言って会場内に黒人が居ないわけではない。掃除人と売店の店員だ。アメリカで延々と続く病巣の一部が垣間見られた。

「海外展開する企業」
某大手工作機械メーカーは、日本の国内工場の他にシンガポールとタイに工場を持っている。タイ工場には鋳造工場があり、そのメーカーが製造する機械の鋳物は総てタイで鋳造し、一発粗加工をした後シンガポールと日本へ鋳物を送っている。木型は当初日本から送っていたものだが、現在ではタイで製作させている。この鋳造工場は現在五百人体制で三直フル稼働、品質にも問題が無く鋳造品は現地タイで日系メーカーにも外販しているとのことだ。機械の設計開発部隊は日本にあり、日本の工場では大型機・高級機を製造、タイ・シンガポールでは汎用機と、台湾や中国製と競合しても負けない発展途上国向けバージョンの機械の製造により成約率の高さを維持している。ヨーロッパでは日本の製造品の持ち込みになるので価格面で苦戦とのことである。
もう一社の機械メーカーは、日本の本社は開発設計部門だけ三、四名を残し、組立工場をシンガポールに置き、部品はばらばらに台湾で調達している。部品を一ヶ所から仕入れないのは機械をコピーされることを避けるためでもあるが、日本で製造した場合を考えると仕入れコストは半分以下で、小型でも四千万円を下らない特殊機械の利益率は何と七割にもなるというのだから驚きである。シンガポールスタッフは英語も達者なので北米へも積極的に売込みが出来、日本とシンガポールと総勢三十人で年間二十億円の売上という驚愕的数字を披瀝していたものだ。大手機械メーカーをスピンアウトし八年前に創業した社長は機械の安価な作り方と、大手メーカーに対応できる売り込み方のノウハウに熟知し、やはり年間三分の一は海外生活。そんなに儲けては節税対策も大変でしょうねと水を向けたら、シンガポールは無税に近いときたものだ。別の懇意にしているプレス加工メーカーも、日本の親会社をさて置き、シンガポールの子会社は早々と株式上場を果たしている。
いずれの会社も、人件費が高く、法規制が厳しく、税金も高い日本での機械装置の製造は海外マーケットにおける競争力を著しく低下させるとし、海外製造への一部あるいは全部のシフト以外輸出産業としての生き残りが図れないとしていたことが強い印象として残っている。

「人件費の高さは致命的」
マクロ的に見て輸出産業の健全化は日本の生き残りへの根幹的問題だ。なぜなら日本は輸出したことによって得られる対価で石油を輸入しなければならないからだ。しかしながら、自動車や機械装置などの輸出産業は現在大きな問題を多数抱えており、その筆頭かつウエイトが最大のものが世界一高い人件費なのである。日本人により日本国内で物を作っていたのでは海外での販売競争力は完全に失われる。
日本人の得意とする職人技術も、じわりじわりと中国や韓国などに侵食されて来ている。たとえば腕時計産業は、中身のムーブメントを除きほぼ昨年をもって日本から消失してしまった。セイコーもシチズンも組立を人件費の安い中国深?地区に移動しなければ立ち行かなくたってしまったからである。部品調達は今迄の日本の受け入れ窓口から中国へと移り、時計のケースも裏蓋も文字盤も、最近利益率が極端に低下する中、日本で作り中国へ運んだのでは最早採算割れするため、ほとんどの時計部品業はいやおう無く中国へ出るか、転業・廃業してしまったのである。戦後スイスを追い越し、血のにじむ様な努力で積み重ねた腕時計ケース製造の冷間鍛造技術も、日本では今まさに風前の灯火の状態となってしまっている。儲かるとなれば必死でやる中国への技術移転は、割と簡単に出来てしまうのが多数報告されていることに注意をしなければならない。
現在国内でも好成績を上げている会社は沢山あるにはある。しかしその多くが海外工場を持って生産コストを自在に調整していることに注意しておく必要がある。小企業では人を使わずに身内だけでやることも手かもしれない。労働者も家内工業まではちょっかいを出せないだろう。法律にとらわれずに好き勝手に出来、成功報酬をそれぞれ山分け出来るメリットが出る。タフで知られるアメリカのビジネスマンに追い付かなければ日本の生き残りは図れない。
ともかく、物価と人件費を同調してスライドし、先進諸外国と同程度の物差しの目盛りに調整してもらう事が目下重要な課題であることは言うまでもない。総ての輸出産業はそれを切望している。だが現実として、労働時間の短縮は手を買え品を買え民間企業に襲いかかり実質人件費のコストアップとなっているし、労働省が定める間の抜けた法規制の多くは時代の要請にまさに逆行し、企業の生き残りをますます困難なものにしているのである。

「希望の新世紀か」
二十一世紀の扉が開いた。日本の工業製品製造業にとってこの新しい世紀は試練の時代となるに違いない。可能性の有る切り口から生き残りを図らなければならないが、多くの淘汰を招くことは間違いない。少子化傾向は、まともな物であれば間違いなく需要減となってくるからだ。大風を受けて奮闘している製造業と対比し、政治の貧困は言いようの無い虚脱感を感じさせる。いつまでも物事を糊塗できるわけが無い。我々の努力にも限度があることをいずれ知る事態に立ち至らないうちになんとかしてもらいたいものだが、まず無理だろう。
生き残りを模索する場合、やはり海外での活動も視野に入れなければならない。その際、今大きく変貌を遂げている情報通信技術を上手に使うことも必要となってくる。
ともかく、我々製造業は政治の貧困を嘆いているだけでは立ち行かない。前向きに前進して、その結果を問うしかない。新世紀における貴社のご健闘を祈念いたします。

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