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世相

平成10年 夏

  • 1998年08月

「アジア経済・騒乱」
 今年も半分終わってしまった。今年前半の対岸の火は大きかった。韓国、マレーシア、香港、タイ、然し何と言ってもインドネシアは凄かった。
昨年の今頃はスハルト元大統領の強権によって、インドネシアが最も早く経済混乱の収拾がされるのであろうと地元では見られていたが、完全に裏目に出た。一族の政治経済の独占に対する貧困層の反発は激しく、そして、いつもの様に華僑系商店は掠奪放火の対象にされた。独り占めに対する恨みは天よりも高く、時に政権も覆す。日本人、日本国も心に留め置く必要がありそうだ。
然し日本国内ではこんなことは起きないだろう。何しろ日本は高度に平均化された、社会主義国家だから大きな独り占めは現実的に出来得ない。となれば、国外に対する一人勝ちに注意しよう。賭け麻雀も一人勝ちの人は段々とお呼びがかからなくなる。
タイあたりでは経済混乱も沈静化しつつある。華僑資本の現地企業も、業態の多角化や、外注から自社生産に切り替えなど、積極投資の動きが出始めてきた。これから日本の企業が彼らとかかわって行くやり方も、多少変わって行くことになるだろう。しかしまだ二、三年、はじっと辛抱だ。

 

「インド、ピカッと」
ここ数年インドビジネスが脚光を浴びている。十億に届こうとしている人口を持った潜在的巨大マーケット。富豪と乞食と、インテリと文盲と、コンピューターとアンバサダー(三十年前の設計で変わらず生産が続いているインドの国産車)と、あらゆる両極端が混在した不可思議な国だ。
日系企業では、早くからスズキ自動車が活躍している。いわゆるマルチ・スズキ。インドの自家用車の三分の一か四分の一を占めるのではないだろうか。小さくてもスマートな近代的デザインと、故障の少なさで、インド中産階級の羨望の的になっている。
トヨタ・ホンダ・三菱がそんな中に割って入ろうとした矢先、ピカドンと(核実験を)やってくれたものだから、すっかり冷水を浴びせられてしまった。パキスタンもすかさずジャブの応酬。ただ、トランプの裏から表にめくった様なもので、元々持っていたし、あるいは持っていたと想定されていた事だ。元来使う事の出来ないものだけに、今後の経済活動に大きな変化は無いであろうと思われる。元宗主国イギリスや、主だったヨーロッパ諸国は何の制裁もしなかった。一体これをどう見るかだ。そして日本は? ともかくインドの企業人は今回のことを暴挙と見ている。世界に残された三大マーケットのひとつに対して、各国の思惑は本音と建前が見事に渦巻いている。

 

「サッカーワールドカップ
サッカーのワールドカップはさすがに驚嘆物だった。入場券も無いのに、長い休暇が取れずに会社も辞めて応援に行った日本の応援団が多数あったそうな。その熱意と行動に、羨望とやっかみの眼差しを向けたのは、多くの中小企業の社長達であった。然し、日本の応援団もイギリスやドイツのフーリガンの暴挙にはかなわない。もともとサッカーは戦勝国の兵士が敵兵の頭をチョン切り、それを蹴飛ばして勝利に酔いしれた事がルーツだから、どこか残るラテンの血が、生贄を求める行動に彼らを走らせるのかも知れない。次回の開催は日本・韓国だ。文化が違う。注意しよう。やつらは狩猟民族だ。

 

「韓国企業・日本企業」
「韓国が死んでも日本に追いつけない十八の理由」、在韓三十年のトーメン・ソウル支店長が、韓国語で現地出版し、韓国で通常のベストセラーの六倍以上の売上を上げた本である。その和訳を大変興味深く読んだ。今後も韓国との商売を続ける上で非常に参考となったが、最も強く印象に残ったのは「韓国の企業主や経営者の経営哲学・マインドが、日本のそれの約二十年遅れている」と述べている部分だ。確かに日本の企業、特に中小企業では社長の人となりが会社の総てを支配すると言っても過言では無いだろう。そして大方の社長は個人的欲望はとっくに放棄したか、必然的に放棄させられてしまって、ピカッと光るご自慢の自社技術、生産効率の向上、社員の福祉、血税の拠出による国家の繁栄?に喜びを見出すようになっている。製造業の場合、殆んどがこれに当てはまる。そうは言っても矢尽き、刃折れ、「おあいにく様、当社は銀行の貸し渋りに合ってもう倒産です」なんて工場も現実的には多数ある。子孫に美田を残さず、なんてかっこいい言葉を吐ける経営者も少なくなってしまった。事実、美田どころか跡継ぎに新しいプレスの一台も残してやれなくなってしまったのが実情だ!少しばかりの法人税減税では干天に涙一粒。やる気の有る跡継ぎのいる工場には、相続上の優遇措置が必要だ。やらずぶったくりでなく、やってぶったくる方がまだやる気が出るというものだ。

 

「税制、不可解」
小額減価償却資産の取得基準が十万円未満に引き下げられてしまった。以前の二十万円未満の枠であったら、適当なコンピューターとか視聴覚機器、工具等かなり使い出があって、どしどし利用したが、今後はそうは使えない。どんどん消費させて景気浮揚させ、消費税や法人税で税収アップを狙えば良いのに、何故冷え込む方策を採るのか理解に苦しむ。

 

「便利、表・裏」
この原稿はワープロで書いたり消したりしている。最近困る事は、手書きの書面で簡単な漢字を度忘れして書けなくなる事がしばしば発生する事だ。歳のせいではなく、ワープロのせいではないだろうかと思っている。手書きすることが少なくなった弊害であるようだ。
確かにコンピューターは至便な道具。インターネット、e-mail、ホームページとコンピューター抜きでは日常の企業活動が出来なくなりつつある。そして、若い人達にとって、パソコンは異性を超えた絶妙なパートナーとなってきた。そこには世界の情報が満ち溢れ、時間を越えて一人で没頭できる空間が広がっている。色っぽい情報、エンターテイメント、企業情報、遊び、趣味、買い物、新興宗教、と無菌の頭を強烈に洗脳するありとあらゆる情報が渦巻いている。甘い勧誘を誘うこの新しい道具が、いつ又暗転して悪魔の道具に変わるかも知れないことを留意しておこう。オウム真理教が、この分野で積極的なのも、むべなるかなである。

 

「政治の貧困」
段々と悪くなっている。これが大方の企業人の感想だ。参院選が目前だが、期待感も薄れ誰に投票しようかと迷ってしまう。畑も連作を続けると地力が弱ると言うが、日本という畑から輩出する政治家が、段々細々と可愛らしくなってきている事に問題がある。えくぼでニッコリ、仲良しクラブの可愛いメンバーが、今日は何党、明日は何党と、新党名を覚えるのも億劫になってしまったのが実情だ。昔沢山居た、親分・ボス的なスケールの大きな政治家の輩出が少なくなってしまったと思うのは間違いだろうか。誰が当選しても大して変わるまい、というのが大方の観測だろう。当面多額な個人貯蓄に支えられて、表面上日本では大きな騒動混乱は無い。その個人貯蓄も恐らく安全だろうと、希望的観測で終わる事の無い様望みたい。

 

「次世代教育、大丈夫?」
 人生は必然的に次世代にバトンタッチしなければならない。然し、我々が人生を卒業する時に安穏に地下で眠りにつけるかどうか、定かではならなくなりつつある。中学・高校生の暴走・暴発が増える一方だ。問題はただ一つ、悪い事に対して平手打ち一発張らなくなり、張ることが出来なくなったからだ。あまりに物分りの良い父母と、行きすぎた人権主義で手足をがんじがらめに縛られ、もはや生徒と同等の位置まで引きずり降ろされて上下関係の消失した教師。そして物陰では子供たちが「親父も、お袋も、先生もチョロイもんだ」と舌を出しているのである。
学校に多くを期待すべきでない事は、図らずも福島県内の某高等学校の学校関係者のピストル事件で再確認された。次世代を託す子供の教育は親が最大の責任を持つ。そして、自信を持って背中を見せられる親になれるかどうか、ここが実際、最大の問題だ。

 

「着陸・墜落」
自転車はペダルを踏み続けなければ転倒すると言うが、サーカスだったら倒れないかも知れない。だが、一度離陸した飛行機は、着陸するか墜落するかどちらかの選択しかない。我々企業活動は自転車の平面的二次元世界ではなく、飛行機の三次元世界のたとえの方が当たっている。多くの不測事態の渦巻く中、このかつて無い不況を乗り越え、無事、不時着でも良いから着陸する様努力したい。そして、貴社の御健闘も合わせて祈念申し上げます。

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